20)随身の源流とアラハバキ

文字数 1,669文字

 大和盆地の南東奥に位置する竜門岳(標高904m)をピークとして大和三山のひとつ天香久山(あまのかぐやま)(天香具山とも、現在は浸食で単独峰)につながる山系が竜門山地です。
 (写真は藤原京跡から天香久山をのぞむ。背後が竜門山地)


 天武天皇(第40代、大海人皇子(おおあまのみこ))が発案し、后の持統女帝(第41代、サララ姫)が完成させた藤原京に、巨大な龍の気を流し込む山として、天香久山と竜門山地は特に重要視されました。

 おそらく、百済(くだら)仏教とともに伝来した道教(どうきょう)の影響により、日本古来の龍神信仰と道教の神仙思想が混ざり、竜門山地から吉野川に至る水銀朱(中国では不老不死の仙薬(せんやく)と考えられた)や(くず)を始めとした薬草が採れる一帯を『神仙境(しんせんきょう)』として神聖視し遠望する文化が生まれました(道教・神仙思想はもっと以前、銅鏡の姿で日本に入っていた可能性もあります。)

 飛鳥京からだと、石舞台古墳から奥明日香(稲渕(いなぶち)栢森(かやのもり)入谷(にゅうだに))の谷あいを上がり、吉野川に降りて行くにつれ、神仙境としての神秘性が高まってゆきます。

 【神武天皇の吉野行幸譚】古事記(第43代元明期・712年成立)、日本書紀(第44代元正期・720年成立)
 『井戸から出てきた、体が光り尾があった吉野首(よしののおびと)の祖、井光(いひか)(古事記は井氷鹿)』、『岩から出てきた、尾のある吉野国栖(くず)の祖、磐排別(いわおしわく)の子(同、石押分之子)』、『(やな)で魚をとる、阿太養鵜(あたのうかい)の祖、苞苴担(にえもつ)の子(同、贄持之子)※』
 ※阿太(あた)の名は安曇(あど)を示唆

 記紀は、大自然の中で生きる

姿

国津神(くにつかみ)として描いており、当時(記紀成立の西暦700年初頭)のヤマトの京人(みやこびと)の、先住民、すなわち、縄文血統の人々に対するイメージを知るのによい例です。

 そのような

が棲む地域を舞台に、母の宝皇女(たからのひめみこ)は龍神の姫巫女(ひめみこ)(第16章)の力を示し、息子の大海人皇子は天文遁甲(てんもんとんこう)の術使い(神出鬼没。高い情報力と素早い機動力が基盤)で壬申(じんしん)の乱を制しました。

 入谷(にゅうだに)の伝承などにより、二人を支え、その力と権威の源泉となったのが、奥明日香・吉野・国栖(くず)の縄文血統の人々であったことは間違いありません。

 また、飛鳥京・藤原京から竜門山地に入ってゆく都の一帯には、縄文の血をひく、安曇族の大伴氏が盤踞(ばんきょ)していました。(第19章のヤマト豪族地図を参照)
 これは偶然ではないと考えています。なぜなら、摂津・住吉(すみよし)を起点にヤマト、奥明日香から吉野・国栖、そして太平洋(渥美半島)に抜ける山と海の道は安曇族のメインルートのひとつだからです。


 実際、海人族の王たる大海人皇子は大伴氏の安曇・縄文血統を主勢力に、このルートでの機動力、輸送力、人心の集結力で壬申の乱に勝利したといえるでしょう。

 後(701年)に、文武天皇(第42代)の時代、藤原宮・朝堂院(ちょうどういん)で行われた律令国家の成立を祝う元日朝賀(がんじつちょうが)の儀式で、七本(四神日月、八咫烏(やたがらす))の(はた)を立て、同祖の大伴(おおとも)氏・佐伯氏が組織する蝦夷(えみし)隼人(はやと)の参列警護のもとで行われた様式に、壬申の乱の際の論功行賞的な意味合いを感じます。

 そして、このスタイルは、現在の大嘗祭(だいじょうさい)にも引き継がれています。(安曇関係抜粋)
 ・吉野の国栖の参入(さんだい)。国栖が古風(こふう)を奏す
 ・(とも)(大伴)と佐伯の宿禰(すくね)語部(かたりべ)の参入。古詞を奏す(平成以降は行われていない)
 ・隼人の参入、皇族参入時に犬声。風俗歌舞を奏す(平成以降は行われていない)

 この安曇系の氏族による警護に関して、少なくとも近畿(畿内)にはみられないですが、関東・甲信越以北の大きな神社には、随神門(ずいしんもん)随身(ずいしん)という様式が見られます。左右の門囲いの中に随身といわれる各一体、計二体の木像が置かれていることがあります。
 (写真上:弘前市・岩木山神社、写真下:新潟市・白山神社)



 谷川健一氏は、著作の白鳥伝説の中で「衣冠束帯(いかんそくたい)姿で、脛巾(はばき)をつけた二体の随身の木造があり、それをアラハバキと称しているところが見受けられる。アラは荒袴(あらばかま)などのアラであり、ハバキは脛巾のことである」と書いています。
 荒袴は荒衣(あらたえ)(麁衣)で麻の織物、対して和衣(にぎたえ)は絹の織物。律令制・奈良時代の武人と宮廷人の服制の違いと考えられます。
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