16)飛鳥川源流・聖なるフナト川の祭祀空間

文字数 1,701文字

 重祚(ちょうそ)した斉明女帝(第37代、655~661)が、皇極女帝(第35代、642~645)だった時の雨乞い神事はよく知られています。

 皇極天皇元年(642年)六月はひどい(ひでり)だった。七月、村々の(かんなぎ)が牛馬を犠牲にして土地の神々を祀っても、祀る場所を繰り返し移しても、川の神を祀っても、効果がなかった。そこで8月、時の大臣・蘇我蝦夷(そがのえみし)が僧に大乗経典(だいじょうきょうてん)祈雨(きう)させるものの微雨。そこで皇極女帝が「南淵(みなみぶち)の河上」で(ひざまつ)きて四方を拝み、天を仰いで祈ると、ただちに雷鳴し大雨が五日続き、あまねく天下を潤す。民が「至徳(しとく)まします天皇(すめらみこと)と称えた」と日本書紀に記されています。

 狂心渠(たぶれごころのみぞ)揶揄(やゆ)された晩年の斉明女帝(656年)の評価とは雲泥の差ですが、女帝自身の水が豊かな飛鳥京(あすかのみやこ)への動機は変わらなかったでしょうし、一方で、巫女(みこ)大王(おおきみ)に対する期待の大きさは大変なプレッシャーでもあったと思われます。
 斉明女帝が造ろうとした大規模な運河は、亀形石造物(女性)と小判形石造物(男性)を含めて都に豊かな水をもたらす仕組みで、段丘の酒船石(さかふないし)はその設計図だったようにも思えます。

 さて、日本書紀に書かれた「南淵(みなみぶち)の河上」は、現在の大字(おおあざ)栢森(かやのもり)小字(こあざ)メブチ、細谷川の女渕(めぶち)、あるいは、上流の男渕(おぶち)であったと考えられています。
 女渕(めぶち)はコンクリートの(えん)ていになっていますが、以前は高さ5~6メートルの滝だったそうです。さらに上流1.5キロほどの林道沿いを進んだところに、高さ9メートルの男渕(おぶち)があります。


 細谷川(ほそたにがわ)飛鳥京(あすかのみやこ)を流れる飛鳥川の源流にあたり、古来より、フナト川と称され、清浄な水が生まれる龍の住む川として考えられてきました。(写真は女渕からすぐ上流の渕。ゆうゆうと泳ぐ龍に見えます)


 フナト川が流れる栢森(かやのもり)では「飛鳥に都があったとき、天皇一族の飲む水をこの谷から汲み、雨乞いをした神聖な場所で、水に不浄なものが流れてはいけないということで人家や墓さえもなかった」「平安京に(うつ)るころに上流の入谷(にゅうだに)集落の出垣内(でがいと)(飛び地のようなもの)として人が住み始めた」と伝えられています。(参考:明日香村の大字に伝わる話「栢森」)



 栢森(かやのもり)でフナト川は飛鳥川に合流し、飛鳥川は棚田で有名な稲渕(いなぶち)、さらに石舞台古墳あたりを下って飛鳥京に流れてゆきます。飛鳥京の頃、栢森(かやのもり)から上流のフナト川はヤマト王権の直轄地だったということです。
 皇極(こうぎょく)女帝はこのフナト川で雨乞い神事を行いました。


 (写真は葛神社の絵馬。雨乞いの神事。中央上に巫女。ワラで造った龍)
 この雨乞い神事の伝統は、明治のころまで(くず)神社(大字阪田)に残されていて、旱魃(かんばつ)の時にはワラで造った龍を村人がかついで『雨降れタンモレ 雨降れタンモレ』と唱えて(阪田の東隣りの)祝戸(いわいど)の川へ浸けて水浸しの龍を再び担いで『雨降れタンモレ 雨降れタンモレ』と唱えて(くず)神社に帰ったということ。(参考:同上「阪田」)

 飛鳥川にはカンジョ神事として栢森(かやのもり)女綱(めずな)稲渕(いなぶち)男綱(おずな)が架けられます。


 男綱は男性、女綱は女性をあらわし、毎年正月11日に新年の注連縄に取り換えられる神事が行われます。現在は稲渕(いなぶち)が神式、栢森(かやのもり)が仏式で行われています。
 子孫繁栄と五穀豊穣とともに、悪疫などが道と川を通って集落に侵入するのを防ぎ、住人を守護するための神事とされます。始まりは不明ですが、このような「(サイ)」と「(サイ)」を祈るカタチは、相当に古い神事であることを示唆しています。
 栢森(かやのもり)では、フナト川の流れの中の「カンジョ」という特別な場所で、出産の産湯を使ったり、死人の供養、不事を洗い流す祈願をする(カンジョウ流し)そうで、古くから川の流れと特別な場所を神聖視する信仰があり、それがカンジョ神事と関係していることは間違いないでしょう。
 私が栢森(かやのもり)を訪れた時、川の流れの緩やかな砂地に花が供えられた場所があり、そこがおそらくカンジョだと思います。

 ここまで、皇極女帝が

で斎行した雨乞い神事から古代の天皇祭祀の一端をうかがい、また、川とともに暮らす奥明日香の人たちが守り続けてきた信仰の姿を紹介しました。次章ではこれらの祭祀・信仰に秘められたアラハバキ的な意味について考察したいと思います。
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