小さな巨人2

文字数 2,235文字

小人に手招きされて退室した。
部屋の外には、薄暗い廊下をうめつくすように、大勢の小人が待っていた。
どれもこれも、最初の小人と同じ大きさ、同じような顔をして、同じような緑色の服をきている。

「お願いします。先日より、われらの城に巨人が侵入して、暴れております。われらも力のかぎり戦っているのですが、なにぶん、体の大きなやつらに、手も足も出ません。仲間は次々、殺されています。あの悪しきものどもをけちらしてください」

ディアディンの腰ほどもない小人たちの言う巨人だから、せいぜい人間と同じていどだろうと、たかをくくっていた。

が、これが大間違い。
小人につれられて、いましも攻防をくりひろげている食料庫前へ行くと、小人たちをふみつぶしながら進んでくるのは、血のように赤い服をきた巨人だった。

たしかに、ディアディンから見ても巨人だ。 見るからに、まがまがしい。

(まあ、文句を言う筋合いじゃないか。巨人だって言ってたんだからな)

「やつらは悪鬼です。悪魔です。われらが、たくわえた食料を根こそぎ奪っていくのです。それどころか、われらの赤子まで、むさぼるのです。どうか、助けてください」

巨人は三人いた。
剣や弓といった人間の武器は持たず、ロープをふりまわして、小人たちをなぎはらっていた。
小人は、みるみる、ふきとばされていく。

「真正面から、つっこんでいくのは、さすがに、おれでも上策ではないか。聞くが、やつらは、ここへ食料を荒らしに来るんだな?」
「はい。あの扉のなかが、食糧庫です」
「わかった。おまえたちはジャマだ。いったん、ここはヤツらにあけわたせ」

小人たちは憤慨(ふんがい)して、口々に反対した。

「そんなことしたら、食糧庫はカラッポになります。われらに、どうやって冬をこせとおっしゃるんです」
「今日、一族が全滅するのと、ここは、しのいで、冬までに食料をたくわえるのでは、どっちがいい」

強く言うと、小人たちは口をとがらせて、不平不満を言いながら承知した。

「砦を代表する勇猛かかんな英雄だって聞いたのに、ウソっぱちだ」
「小さいわれらが命がけで戦ってるのに。腰ぬけだ。腰ぬけ」

バカか。おまえらは。これは作戦だ——

と、どなりつけたかったが、それでは巨人にも、こっちの考えが筒抜けになってしまう。
ディアディンは、ぐっと、こらえた。

ぶちぶち言う小人たちを退却させると、ディアディンも廊下のかどまで、しりぞいた。
巨人のおつむも、小人なみらしく、疑いもせず食糧庫へ飛びこんでいった。

「おまえたちは、ここにいろ。足手まといだからな」

ぽかんとしている小人たちを残して、ディアディンは一人、あけっぱなしの食糧庫の前に立った。

扉のかげから、のぞいてみると、巨人どもは、いじきたなく食料を食いちらしている。
さっきからのちょっとの時間で、もう食糧庫のなかは半分近く、食いあらされていた。小人たちが心配するのも、いたしかたあるまい。

だが、おかげで、やつらは三人とも食べ物に夢中だ。縄のような武器も、ほうりだしている。
ディアディンが見ているのにも気づいていない。

ディアディンは剣をぬき、手近な一人に切りつけた。
ぎゃっと声をあげて、巨人は倒れた。
あとの二人がふりかえったときには、そのうちの一方に、ディアディンは切りかかっていた。

二体めも撃沈。

しかし、最後の一人は少しだけ反応が早かった。
ディアディンの剣は巨人の片足を傷つけただけで、巨人は足をひきずりながら逃げだしていった。

「待てッ!」

外に出て追いかけるものの、廊下が妙にグラグラする。床が綿でできているみたいに、ふにゃふにゃする。

そのうち、ディアディンは気が遠くなった。

気がつくと、ディアディンは自分の部屋のベッドで、朝をむかえていた。
早朝だ。
部下たちは、まだ、眠っている。

「おかしな夢だった……」

まだ早いが、目が冴えてしまって、二度寝はできそうにない。
ディアディンは顔を洗いに、一階まで下りていった。 今度は、ちゃんと要所に見張りもいて、いつもどおりの砦の風景だ。

生々しい夢だったな——と、思いつつ、冷たい井戸の水で顔を洗う。やっと現実感が戻ってきた。

いつまでも、つまらないことに頭を悩ませていては、本業でミスをする。
ディアディンの本業とは魔物退治だから、失敗するということは死ぬことだ。

むしろ、それが望みのはずなのに、なぜ、自分はけんめいに生きようとするのだろう。
死にたい、死んでもいいと言いながら、やはり心の底では、自分は本当は生きたいのではないだろうか……。

答えの出ない疑念に、ディアディンが沈んでいたときだ。
井戸端を歩いていく、薄緑色のアリに気づいた。
アリはまるで、ディアディンの気を引くように、前足二本で、チョイチョイと招くような仕草をする。

(アリ——緑色の……)

誘われていくと、アリは林のなかへ入っていった。一本の木の根元へつれていく。

見ると、木の根元に大きなアリの巣がある。
その入口で、薄緑色の小さなアリが、自分たちの百倍も大きな、真っ赤な毒グモを相手に、必死に巣を守って抗戦していた。
毒グモは後ろ足が一本、動かない。

「なるほどね」

ディアディンは毒グモの足をつまんで持ちあげると、石の上に置いて、ふみつぶした。

アリたちが、いっせいに、ぺこりと、おじぎした。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み