薔薇戦争4

文字数 1,812文字


決闘だとかなんとか、ぶっそうな成り行きになってくる。他家のバラが仲裁(ちゅうさい)に入ったようだ。

「まあ待て。とにかく小隊長をさがそう」

手分けして、あちこち探しだすので、ディアディンは冷や汗をかいた。
息をひそめていると、ついに入口の扉がひらいて、明かりをさしつけられる。かなり乱暴に、ディアディンは、ひっぱりだされた。

「ああッ、なんてことですか。よりによって、ごほうびの間に隠れるなんて。ここは運び屋たちにあげる、ごほうびの貯蔵室なんです」

「ごほうびだかなんだか知らないが、体じゅうベタベタだ」

「運び屋の大好物なのに……もったいない」

「どうして、こんなヒドイことするんですか? ごほうびはムダにする。われわれをだまして隠れてる。まさか、われらに約束したことまでウソではないでしょうね? たしかに、うちの子のほうがキレイだと言ってくださるのでしょう?」

「美しいのは、うちのほうだ。ねえ、小隊長? そう言ってくれると約束しましたよね?」

壁ぎわに追いつめられて、今度こそ逃げ場がない。

そのとき、やっと、ディアディンの待ちのぞんでいた声が届いた。

「……悲鳴が聞こえたような」
「花びらの間からだ」

ぞろぞろとバラの精たちが移動していく。
ディアディンは、ほっと胸をなでおろす。バラの精たちに最後尾からついていった。

花びらの間に近づいていくと、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

一同が、なかへ入ると、当然そこには、ルビー家とオパール家の二人が。
困惑顔の二人のあいだには、可愛いローズピンクの髪の赤ん坊が……。

「なんだ、おまえたち。さては花粉の間から花粉を持ちだしたな? 他家のやつに花粉を使うなんて、おろかなことを」
「ルビー家の血をひく子どもなんて、どうする気だ」
「それは、こっちのセリフだ。オパール家の血をひく子どもなんて!」

両家は、いがみあいを始めるが、愛情に満ちたひとときをすごした二人は、おたがいのことが、まんざらでもなくなっているらしい。

「小隊長だと思って気をゆるしていたので」
「でも、もう……ねえ」
「うん」

などと言って、たがいを見つめあっている。

ディアディンは両家のあいだに調停に入った。

「まあ、聞いてくれ。両家の婚姻を望んでいる人間がいるんだ。というのも、リヒテルが——」

リヒテルの名前をだしたとたん、バラの精たちのあいだに、ざわめきが広がった。

「おお、リヒテル」
「リヒテルだって」
「リヒテルは、いいやつだ」

「いつも、キレイだねって、ほめてくれるし」
「悪しきものが寄ってこないように、魔よけの霧吹きもしてくれるしね」
「嵐がきたら守ってくれるし」
「毎日、おいしい水をくれるしねえ」

「リヒテルほど信頼できる人間はいない」
「リヒテルが一番」

さすがにリヒテルの人気は高い。
バラの精たちのあいだでは神にも等しい。

そこで、ディアディンは意気揚々(いきようよう)と、ご神託を告げた。

「リヒテルが言うには、ルビー家もオパール家も、シトリン家もオレンジサファイア家も、それぞれ個性があって、みんな大好きだ。だが、そこにピンクの髪の新しい家系ができたら、これほど嬉しいことはない。つまり、ピンクの子が一番ということだ」

バラの精たちは、たがいの顔を見まわした。そののち、生まれたての小さな精霊をながめる。

「……リヒテルが言うなら、しかたない」
「うむ。なにしろ、リヒテルだから」

ルビー家、オパール家の家長は、ため息をつき、たがいの手をにぎった。

「本日ただいまより、両家のあいだの垣根をとりはらい」
「若い二人の結婚をみとめ」

と、そこで、二人の声がそろう。

「新たに生まれた、おさなごを、われらが種族の長とする」

わあっと歓声があがり、拍手がわきおこった。

「婚礼のしたくだ!」
「今夜は無礼講(ぶれいこう)だぞ」

またたくまに(うたげ)となり、ディアディンも誘われて、したたかに酔った。

「小隊長が運び屋だ。ごほうびはお礼にさしあげますよ」

おかげで目覚めたとき、ディアディンは体じゅうが花の蜜だらけだった。ネバネバのゴワゴワに涙をのんで、頭から水をかぶり、布団も一式、洗濯した。もしかしたら、バラの精たちをだました罰だったのかもしれない。

それから少し経って、これはその翌年のこと。

リヒテルが赤バラと白バラの配合に成功した。小さな苗は、すくすくと育っている。きっと、近い将来、かわいいピンクの花を咲かせることだろう。



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