絵空事2

文字数 2,082文字



気づいたときには朝になっていた。自分の部屋のベッドでよこになっている。
すでに部下たちは起きだしていた。

「おはようございます。小隊長」
「ああ……」

元気のいいアンゼルの声に、元気なく答えて、ディアディンは起きあがった。

「アンゼル。数ヶ月前に行方をくらました動物……か何かのウワサを聞いたことはないか?」

アンゼルは、キョトンとした。
むりもない。
さすがに情報通のアンゼルでも、人間ならともかく、動物のことまでは知らないだろう。

「すみません。それだけではなんとも」
「ああ。いい。忘れてくれ」
「砦で動物といえば、馬ですかね。あとは……伝書バト?」
「ハトなあ……そんな感じじゃなかったな」
「はあ?」

見当もつかない。

でも、そういえば、あの黒髪の男、どこかで見かけたような気がした。それも、城主の伯爵の周辺で。

以前、ディアディンが手がらをあげたとき、伯爵の居室に招かれたことがある。そのとき、あの男を見た気がしてならない。伯爵の身を守る親衛隊の誰かだったろうか?

さっそく、ディアディンは伯爵の居室へ向かった。
もちろん、いっかいの傭兵が、いきなり伯爵のもとへ行くことはできない。知りあいの親衛隊長のアトラーをたずねていったのだ。

アトラーは昔の友人にディアディンが似てるといって、親切にしてくれる。
何が似てるかと言えば、不遜(ふそん)な態度が——というのだから、なぜ親しみを、おぼえてくれるのか、理解に苦しむところだ。

「じつは以前、このあたりで見かけた男をさがしてる。黒髪にグリーンの目の、ものすごい美男子なんだ」
「この辺境の砦に、そんな男がいると思うか?」

アトラー自身、なかなかのハンサムだが、昨日の男とは正反対のタイプだ。男らしい太い眉をしわめて考えたあと、こう言った。

「つまり、こういう男のことだな?」

ディアディンを廊下へつれだし、コツコツと叩いた壁には、いくつも大きな肖像画がかけられている。

しめされた絵を見て、ディアディンは納得した。
絵のなかのすまし顔の男は、まぎれもなく昨夜の男だ。見れば、周囲にある絵の人物も、どれも見おぼえがある。

(今度のやつらは、絵のオバケか)

どおりで、みんな人形のように、すましていた。
要するに、彼らの仲間の絵が一枚、運びさられたので、探してくれということなのだろう。

「ここにあった絵を、近ごろ、どけたか?」

たずねると、アトラーはうなずいた。

「かれこれ半年前になるか。そこに、かけられていた一枚をはずした」

「どうして?」

「兵士たちが気味悪がるからだ。絵のなかの男が、夜になるとキャンバスをぬけだして、歩きまわると言って。私は見たことないが、まんざらウソでもなさそうなので、はずしておいた。今は物置に、ほうりこんである」

「その絵を見せてくれ」

アトラーがさきに立って物置まで行った。そこは窓のない通気のわるい部屋で、カビくさい。

乱雑に古い武具などが置かれたなかに、問題の絵はあった。いちおう布はかけられていたが、湿気を吸ったのか、ところどころカビていた。虫食いもひどい。
いかめしい口ひげの中年の男が、キャンバスのなかから、恨みがましげに、こっちをにらんでいた。

「なるほど。これはひどいな。この絵は、伯爵閣下が都からお持ちになった品か?」
「いや。ずいぶん前から、廊下の絵ともども飾られていたようだ」

「時代がついて、化けたのかな。ところで、この絵の男は、ひどい悪さをしたのか?」
「歩きまわるだけだ」

「なら、せめて、人のめったに入らない部屋でもいい。ここから出して、飾ってやってくれないか」

アトラーはディアディンの頼みだからというより、おそらくはディアディンに似ていたという、かつての友人に免じて許可してくれた。

「よかろう。都から(ひん)客がきたときにだけ使う客室に飾ろう」

夜中に絵の男がうろつきまわれば、客が目をまわすかもしれないが、都からの客など数年に一度もない。まあ、いいだろう。

「にしても、このままではひどいな。おれの知ってる絵師に修復させてもいいか?」
「司書室で兵士から金をとって、似顔絵を描いている男だな」
「親方ともめて、こんなところまで流れてきたらしいんだが、技術はたしかだ」

絵をあずかって、絵描きのレイグルのもとへ行く。
かよわい美少女みたいな顔をしといて、じつは下町育ちの気性の荒いレイグルは、絵のできに、やたらに感心した。

「へえ。いい絵だな。サインがないけど、たぶん名のある画家の作だぜ。絵の具も高いの使ってるぅ。状態はひどいが、ま、もらうもんさえ、もらえりゃ、直してやるよ」

高くついたが、たしかにレイグルの腕はいい。

数日後、受けとりに行くと、絵は見違えるように、きれいになっていた。カビは洗いおとされ、裏に布をはりたして、虫食いを上手に埋めている。
たぶん、もとの絵の状態に、ほぼ完全に近いのではないだろうか。

(修復に日はかかったが、けっこう、すんなり運んだな)

賓客用の客室に飾られた絵をながめて、ディアディンは思っていたのだが……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み