審理の門3

文字数 2,050文字


ディアディンが事情を説明すると、ウニョロとムニョロは二人で抱きあって泣きだした。

「そんなのウソです。ニョロは悪しきものなんかじゃありません。そうだろ? ニョロ」
「ニョロは僕らの兄弟です」

じゃあ、最初から文句を言ってくるなよ、というものだが、こういう、おひとよしなところが、長姫の眷族の特徴だ。

ニョロは二人に向かって、苦しげに頭をさげた。

「すまない。ムニョロ、ウニョロ。小隊長が言ったのは、みんな本当のことなんだ。これが真実の姿だよ」

魔法をといたニョロは、黒髪と黒い肌に変わっていた。顔立ちもムニョロとウニョロより、だいぶ精悍(せいかん)だ。

「ニョロぉ……そうだったのか」
「かわいそうに。一人ぼっちで、さみしかったんだねえ」

裏切られて怒るどころか、同情している。
こういうヤツらだ。長姫の眷族は。

「そういうことなら、審理の門をひらきましょう」

長の威厳(いげん)をもって、長姫が言った。

「審理の門とは?」
「罪をおかした者や、その疑いのある者が入る裁きの門です。罪なき者は、ぶじに帰ってくることができますが、罪ある者は罰をうけます」

長姫はニョロを真正面に見すえる。

「ここを通って、ぶじに帰ってくることができれば、あなたの心には、もはや邪悪は存在しません。わが眷族として迎え入れましょう。ですが、改心していなければ、あなたは罪の重さによって、死ぬかもしれません。それでも行く覚悟が、ニョロ、あなたにありますか?」

そくざにニョロは、うけおった。
「もちろん、まいります」

よしよし。結果はどうあれ、これで、この一件は、おれの手を離れた——

ディアディンがそう思った瞬間に、長姫はとんでもないことを言ってくれた。

「では、ディアディンさま。あなたが審理の門の番人になってください」
「はあ?」

「ニョロのさばきの判定人として、ともに門のなかへ入っていただくのです」
「なんで、おれが……」

「心配ありません。ニョロの審理ですから、あなたの過去の罪は問われません」

どうせ断っても、長姫に懇願(こんがん)されれば、けっきょく、やることになる。ディアディンは承知した。

すると、長姫はどこからか、月光のように青く輝くランタンをとりだす。それを手に立ちあがった。めずらしく、みずから案内していく。

「さあ、こちらです」

ムニョロ、ウニョロ、ニョロ、ディアディンの順でついていく。

と、古めかしい飾りの扉の前についた。

「あれ、ここは……」

ウニョロが何か言いかけたが、長姫が制した。

「ニョロ。ここへ入りなさい。あなたが、ここを出るときは、審理をおえて許されるときか、判定人の身に何かが起きて、審理が中断するときだけです。覚悟はいいですね?」

おいおい、おれの身に危険があるなんて、さっきは言わなかったじゃないか。

ディアディンの戸惑いはおかまいなしで、長姫はディアディンとニョロを扉のなかへ追いやった。扉がしめられ、かんぬきが外から、かけられる。

「うーん。暗くて、よく見えないが、ふつうの広間みたいだな」
「そのようですね。審理っていうのは、いつ始まるのでしょう。それとも、もう始まっているのでしょうか」

しばらく待つが、何も起こらない。
そのかわり、目が闇になれてきた。

タイルをはった床や壁のモザイク画。
高い位置にあるステンドグラスの窓。
そこから入る月の光が、床に赤や青の色模様をおとしている。
入ってきた扉以外に出入口らしきものはない。

「うーん。ここから奥へ行かないとダメなのかな。かくし通路でもないか、しらべてみよう」

二人で両側に散って、壁をなでまわしていた。が、そのうち、ディアディンは背後に殺気を感じた。気づかないふりをして、ようすをうかがう。
ニョロがディアディンの背中をじっと見て、すきをねらっている。

ディアディンはニョロに見えないよう、体のかげで剣をにぎった。
いつでも応戦できるよう身がまえていると、とつぜん、ニョロは床に両手をついて泣きだした。

「すみません。やっぱり、私は悪しきものです。いま、小隊長を殺そうとしました」

自分から暴露(ばくろ)されてしまったので、ディアディンは剣から手を離した。

「なぜ、そんなことをしようとしたんだ?」

「判定人がいなくなれば、外に出られると……ムニョロとウニョロの仲間になれると思ったんです。でも、小隊長を殺しておいて、何食わぬ顔で双子の仲間になることは、やはり私にはできませんでした。そんなことをしたら、一生、私はムニョロたちの前で、自分を恥じていなければなりません。
彼らの目に、こんな自分をさらすのは、心苦しいことです。どうか、私を殺してください。そうしたら、私は審理に失敗したのだと思われるだけで、すみますから。このごにおよんで、狡猾(こうかつ)な手段で仲間になろうとしたと知られるより、何倍もマシです」

ニョロの涙がモザイクのタイルをぬらすのを見て、ようやくディアディンは長姫の真意に気づいた。

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