食いしん坊なオバケ4

文字数 2,041文字


「ドーンの霊が出るという夜中までに用意してくれ。その時間になったら、また来る」

そういう段取りで、ディアディンは真夜中に厨房へおもむいた。大皿に山盛りの肉料理が支度されている。

にくまれぐちはたたきつつ、死んだ人間の供養だからか、まかない長は奮発(ふんぱつ)したようだ。塩コショウをふった焼肉が、ほかほかの湯気をたてるところを見れば、ドーンでなくても食欲がわく。これで、さしも食いしん坊のドーンも満足してくれることだろう。

「ドーンは、まだ出ないか?」
「生前にさんざん怒鳴られたせいか、あっしがいると出ませんので」
「なら、まかない長はさがっててくれ。おれが見張っておく」

と、話して、まかない長が出ていった直後だ。
薄暗い厨房のすみに、ぼんやりと青い光がうかぶ。でっぷり丸い体形は、たしかにドーンだ。

「ドーン。おまえの供養のために、まかない長が、念願の焼肉を用意してくれたぞ」

山盛りの焼肉を見て、ドーンは一瞬、目を輝かせた。が、すぐにまた、その目は悲しげにふせられた。

(変だな。焼肉に未練があるわけじゃないのか?)

ドーンの霊が床につまれた食材の前を、ウロウロし始めたので、もう一度、ディアディンは声をかけてみた。

「心残りがあるから化けてでるんだろ? なにが心残りなんだ?」

ドーンはふりかえって、なにやら手を動かす。しきりに、くりかえしたあと、ため息をついた。
また食料の前をうろつきだし、以降、何度、話しかけても、まったく反応しない。

ドーンの霊は夜どおし、厨房と食糧庫を行き来していた。

「どうでしたか?小隊長」

早朝にアクビしながらやってきた、まかない長に、
「いや。ダメだ。どうも焼肉が未練じゃない。こんなふうに手を動かしてたんだが……」

言いながら、ドーンの動きをまねてみて、ふと気づいた。それは文字を書く所作だ。まかない長も同じように感じたらしい。

「そういやあ、ドーンのやつ、司書室から、ほご紙をもらってきて、せっせと、なんやら書いてましたよ。あの紙は、どうしたんでしょう」

「遺品は遺体といっしょに、遺族のもとへ送られたんだろ?」
「整理した遺品のなかにゃあ、なかったような……」

「どうやら、それだな。やつの日記だったのかもしれない。どっかにまぎれこんだか、やつが秘密の場所にでも隠したのか」

つぶやいて、なにげなく流した視線のさきに、小さなネズミ穴があった。そこから、白いハツカネズミが一匹、のぞいていた。

小さな赤い目と、ディアディンの目があった。

とたんに白ネズミは穴の奥にひっこんで、壁のなかをかけていく。チュウチュウ言いながら、天井や床下を走りまわる音がした。
そのうち仲間をつれて、ぞろぞろ穴から出てきた。みんなで口にくわえて、ひきずってくるのは、ヒモでしばった紙のタバだ。

「おっ。こいつらは、ドーンが可愛がってたネズ公だ」と、まかない長。

白ネズミたちは床の上に紙たばをおくと、いちもくさんに巣穴へ帰っていく。

ディアディンは微笑して、ひとたばの丸めた紙をひろいあげた。ヒモをほどき、ひろげる。
よこからのぞいた、まかない長が、うなる。

「こいつは……そうか。ドーンのやつめ」

それは、盛りつけ図まで入れた、創作料理のレシピだった。

「そういやあ、ドーンの夢は、故郷に自分の店を持つことでしたよ」

まかない長の目には、うっすらと涙が光っている。

「つまみ食いばっかりしてるオマエが一人前になれるもんかと、どなりつけてきたが……ありゃあ、やっこさんの試作品の味見だったのかもしれません」

ディアディンはレシピをしげしげとながめた。

「どれも安い素材で大量に作れる素朴な料理みたいだ。どうだろう。このレシピどおりの料理を食堂にだしてみないか?」
「そりゃいい。店というわけにはいかないが、みんなに食べてもらえば、あいつも喜ぶに違いない」

ドーンの特製スープ、ドーンの特製焼肉、ドーン謹製ミートパイ、ドーンの田舎風煮込み、ドーンのグルメランチ——

ドーンの料理は、どれも兵士たちに大好評だ。満足したのか、ドーンの霊は、それきり出ないという。

もちろん、あのハツカネズミたちは、お腹いっぱい小麦を食べて、大喜びしていることだろう。

それにしても、今回、もっとも得をしたのは、ディアディンたち兵士だ。
ドーンのレシピは食堂の正式なメニューになり、厨房に受けつがれていくことになった。おかげで、あのマズイ料理の数々を、二度と食べずにすむのだから。

「ドーンの料理は、どれもウマイですね、隊長。このパンプキンパイ、素朴だけど、いい味だしてるなあ」と、アンゼルも言う。
「ああ。ドーンは、おれたちの救いの神だ」

おかげで食堂は以前にもまして、活気にあふれている。

きっとドーンは、こんなふうに、いつも客が笑顔でいられる店を持ちたかったのだろう。
焼肉食いほうだいは、開店祝いの呼びこみ文句ではなかったかと、今ではディアディンは考えている。



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