星のかけら1

文字数 2,579文字




あるとき、ディアディンは井戸端で、妙なものをひろった。

早朝、水を飲みに行ったとき、夜明けの星の映る、つるべの水がこぼれた。そのとき、何かが足にひっかかった。

ひろいあげてみると、それは一見、ガラスみたいだ。なのに、まげても伸ばしても、まったく傷つかない。なんとも不思議な物質だ。あたりまえの品物とは思えない。

あとでロリアン(あいつの大好きな魔法具かもしれない)にしらべさせようと思い、そのまま忘れてしまった。

手のかかる魔物が何匹も立て続けに現れたからだ。
多くの犠牲をともない、問題は解決したものの、ディアディンは心身ともに疲れきっていた。

疲れたときには、いつもの悪夢を見る。
ふりしきる豪雨。
ながされる橋。

「リック! リック!」

叫んでいた自分……。

あの夢から逃れたい。
このまま誰もいない世界の果てまで逃げてしまいたい。
そんなふうに思う夜もあった。

そのころ、四度めの満月の誘いがあった。

今回の迎えは黒檀(こくたん)のような肌の美女(巨乳)。まとっている衣服も黒い。ひたいに一つぶの真珠のかざりをつけている。姿は美しいのだが、声がずいぶんハスキー(よく言えば)だ。

だが、前回の絵のバケモノのような不愉快な感じはしないから、今度はまちがいなく、長姫の使いだ。

「お疲れのようですね。こんなときにお願いするのは気がひけるのですが、あるじも、さみしがっております。招きに応じていただけますか?」

本当はノリ気ではなかった。が、まあ、気晴らしになるかもしれない。

「いいだろう。案内してくれ」

いつものように、毎回、造りの変わる城のなかを案内されて、長姫のもとに辿りついた。
輝くばかりに美しい姫の姿を見ると、ディアディンは、ほっとした。

「前回は、あんな小物の魔物にだまされて、あやうく、おれ自身が、あんたたちの災いになるところだった。すまない」

「いいえ。あれは、こちらも、うかつでした。あのような敵もいると、あなたに話しておくべきでした。あれは古くからのわれらの天敵。いつかは、あなたに倒していただきたいと思っておりました。あやまるにはおよびませんよ」

内容は儀礼的だが、長姫の澄んだ声は、胸にしみいるように心地よい。
思わず、ほほえんでいた。
こんなふうに笑うのは、何年ぶりだろうと、ディアディンは思った。

(おれが笑っている。もう一生、笑うことはないと思っていたのに……)

自分が、とても不思議だった。

「それで、今度は何をしろと? 今のところ、タダ働きなんだから、あんまりムチャは言わないでくれ」

ディアディンは冗談で言ったのだが、長姫たちの精神構造は子どもっぽい。子どものように純真だ。
やはり、そこが動物の変化(へんげ)だからだろうか。

「今回のお願いは、シルバースター族からです。彼らの宝物庫を荒らすものがいるらしいのです」

長姫のあとをとって、黒ずくめの美女が説明する。

「ひとつきほど前からです。誰も姿は見ないのですが、いつのまにか、われらの宝物庫から、大切な宝を盗みだすものがいます。誰が、なんのためにしているのやら……。どうか不届きものを見つけだし、われらの宝をとりもどしてください」

「ふうん。おまえたちの宝物庫を見せてもらおうか」

巨乳美女はちょっとイヤそうな顔をした。が、しかたなさそうに、うなずく。
「では、とくべつにお見せしましょう」

にっこり、ほほえむ長姫とわかれて、廊下へつれだされる。

ふたたび、迷路。
で、宝物庫とやらに辿りついた。

なんのヘンテツもない、両扉の蔵だ。入口にはシルバースター族の番人が立っている。なかなか堅固(けんご)な造りだが、意外にも入口にカギはかかっていない。

「大切な宝をおさめる宝物庫なのに、カギはかけないのか?」
「今まで、われらの蔵から宝を盗んでいく者など、おりませんでした。こんなことは初めてです」

これだから、人がいいというか、おおらかというか……。

「わかった。なかを見せてくれ」
「はい」

扉のなかには、まばゆい黄金や宝玉が山となっていた。案内役の美女も、番人の男も、うっとりと宝の山を見つめた。

「ああ……ステキですよねぇ。いくら見ても、見あきない。われらシルバースターは、キラキラが大好きなんです」

そのわりに、ハデに身を宝石で飾りたててはいない。見てるだけで満足なのかもしれない。ほんとに幸せな連中だ。

ディアディンが蔵のなかへ入って、もっとよく観察しようと思ったとき、番人が扉をしめた。

「はい、おしまーい。あんまり長く見てると働けませんからね。なまけることは、いけないことです」

やっぱり、長姫の眷族だ。

むしょうに力がぬけて、ディアディンは反論する気も起こらなかった。

「わかった。わかった。でも、そうなると、おれが毎日、ここで見張ってるわけにもいかないし、どうやって泥棒をあぶりだそう?」
「そこは小隊長に、おまかせします」

頭をひねりながら、蔵を見ているうちに、足もとがフワフワしてきた。
その感覚には、おぼえがある。
ハッとしたときには、ディアディンは自分のベッドで朝を迎えていた。

「朝か……」

ディアディンが起きあがったころには、同室の部下たちも起きていた。

と、アンゼルが寝ぼけた声をあげる。

「どうした?」
「あ、いえ、たいしたことではないですが、いつもマントをとめてるピンがないんですよ。変だな。寝るまえにマントの上に置いといたのに」

「そのへんに、ころがってないのか?」
「ないみたいですね。まあ、ただのメッキの安物だから、かまわないです。そのうち出てきますよ」

アンゼルは言ったが、失せものは彼だけではなかった。

翌朝、アンゼルのピンは出てきた。かわりに、同じく同室のネコ好き(本名を知らない)の爪とぎ用のヤスリが消えた。
次の日にはヤスリがあらわれて、ディアディンの鏡がなくなった。

「なんだって、こう毎朝、しょうもないものばかりなくなるんだ? 夜中に誰か、イタズラでもしてるのか?」

「変ですね。見張ってみましょうか」
「見張るのはいいが、あやしまれないために、寝たふりしながらだろ? 朝まで起きてられるかな」
「まあ、そうですね」

なにしろ、大事件なわけじゃないし、必ず起きて寝ずの番をしようという真剣味はとぼしい。
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