審理の門4

文字数 2,095文字


苦笑して、ディアディンはニョロを立たせた。

「ニョロ。おまえは審理に成功したようだ。とりあえず、ここから出してもらおう」
「は?」

ニョロの手をとって立たせ、二人で門をたたく。

「おい、あけてくれ。何も起こらないぞ」

ディアディンが言うと、外から、かんぬきが外され、扉がひらかれた。
心配顔のウニョロとムニョロが、両側からニョロに抱きつく。

「よかった。これでニョロは僕らの仲間だね」
「今日から僕らは本当の兄弟だよ」

だが、ニョロは二人の手をもぎはなして首をふる。

「いいや。私は君たちの仲間には、ふさわしくないんだ」

なかでのことを、バカ正直に話そうとするので、ディアディンはニョロの首についたままのロープをひっぱった。

「まだ外してなかったな。こっちに来いよ」
「く……苦しい、です」
「ちょっと双子は、ここで待ってろよ。いいな? 絶対、ここを動くなよ」

むりやり双子から引き離しておいて、ディアディンは長姫を問いつめた。

「おれを——いや、おれたち二人をだましたんだな? 長姫」
「もうしわけありません」

「おれが本当にニョロに殺されてしまうとは考えなかったのか?」
「ディアディンさまの腕なら、まちがいないと信じておりました」

これだけ言われても、まだニョロには、ことの真相がわかっていないようだ。

「どういうことですか? 小隊長」
「おまえのそのだまされやすさは、長姫の眷族になる価値ありだ」

ディアディンは説明してやった。

「つまりな、ここは審理の門でもなんでもない。見たとおりの、ただの広間だ。入るときに、ウニョロが妙なことを言いかけたじゃないか。ウニョロたちは知ってたんだ。ここが審理の門なんかじゃないことを。あるいは審理の門じたいが、長姫の作り話かもしれない」

長姫は白百合のようなおもてを、ぽっと染める。

「ニョロがわれらの眷族にふさわしいか試すために、とっさにウソをつきました。本当は人をだますようなことはしたくなかったのですが、わたくしには自分の眷族を守る使命がありますから」

ニョロはまだ首をひねっている。

「だからだな。なかに入って何も起こらなければ、おまえは、なんとかしようと思うだろ? 判定人に何かあれば外へ出られると聞いてるからな。
もし、おまえの心が(よこしま)なら、おれを殺しておいて、ありもしないことが起きたとデタラメを言う。なかで怪物に襲われて、おれが食われたとか、なんとか。
もっとも、おれは、おとなしく殺されてないから、ハデに争うことになる。そうなったら、長姫はトビラをひらき、真実をうちあけるつもりだったんだ。
ここは審理の門なんかじゃない。おまえが我欲のために、おれを襲えば悪しきもの。襲わなければ良きもの。最初から長姫は、そう判定するつもりだったんだよ」

「そのとおりです。ウニョロとムニョロには、わたくしが念じたときだけ、この扉は審理の門につながるのだと説明しておきました」

長姫はディアディンを見つめる。

「ディアディンさま。ニョロは、わたくしの期待にそってくれたのですね?」
「ああ。誘惑に負けずに、良き心を守りとおしたよ」
「それを聞いて安心しました。ニョロ、今このときより、あなたを正式に、われらの一員とみとめます」

ニョロは涙をながして、長姫の手をとった。

「ありがとうございます。一生、ご恩は忘れません。不肖ニョロ、あなたさまの兵士として、命をささげます」
「わたくしは一門が幸せなら、かまいません。さあ、ウニョロとムニョロが首を長くして待っていますよ。彼らのところへ行きましょう」

あれ以上、首が長くなることがあるのか——と、感動的な場面に水をさす言葉を、ぐっと、ディアディンは呑みこんだ。

そのあと、待っていたムニョロとウニョロは、ニョロが仲間入りしたという長姫の言葉をきいて、大喜びだ。

「やったあ。それじゃ、今夜はパーティーだ」
「さっそく準備してこよう」

宴は一晩中、つづいた。
ディアディンはニョロニョロたちに囲まれて、ニョロニョロな名前になやまされた。

ニョロの生い立ちには誰もが同情してくれた。
それに、ニョロの男らしい顔立ちを気に入った、ムニョロたちのフィアンセも、三人まとめて婿(むこ)に貰うことを承知してくれた。

宴の席で、ディアディンはニョロの首からロープをはずそうとした。が、むすびめが思いのほか固く、剣で切るしかなかった。
かるく酔っていたディアディンは、手もとがくるって、ニョロの首に、パクリと傷をつけてしまった。

人間なら大さわぎだが、ニョロは、いっこう、かまわない。

「いいです。いいです。ちょうどムズムズしてたところなので、あとで脱皮しておきますよ」

そう言っていたのだが——

翌日、裏庭へ行ってみたディアディンが見たのは、隊をくんで這っていく、三匹の白蛇だった。

通りかかったリヒテルが言う。

「その蛇、めずらしいでしょう? 前は黒蛇だったのに、脱皮したら白蛇になってたんですよ」

ニョロの心から、邪悪なものが消えさったせいかもしれない。

おだやかな日差しのなかを、三匹は仲よく這っていく。



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