ためらい4

文字数 1,705文字



塔のなかは、ともし火ひとつない。
窓もなく、ディアディンの持つランタンだけが、かすかに闇を切りさく。

しかし、その光も、塔の邪気に吸われるように、たよりなく、またたく。
ほとんど手さぐりで進んでいくと、前方に青白い光が見えた。

「魔道さま。月のしずくがまいりました。そこにいらっしゃるのですか?」

ディアディンの問いに応じて、光が強くなる。

遠くで古い金具のきしむ音がした。
光のなかに人影があらわれる。
全身に黒衣をまとっていて、その姿は、よくは見わけられない。
背の高い大きな男であることはわかった。

「一人で来いと言ったのに、ずいぶん、つれているな」

黒い影のような姿が、するすると近づいてきた。

ディアディンは、わざと、ふるえあがって恐れるふりをした。

「どうぞ、おゆるしください。さからうつもりはないのです」
「それは、どうかな。まあいい。どうせ、おまえたちは、おれには勝てない。さあ、来い。月のしずく。歓迎してやろう」

魔道が言うやいなや、ぱくりと地面に穴があいた。
長い落下感とともに、ディアディンは長姫たちと引き離されてしまった。
魔法で受けとめられたのか、ふわりと落ちて、ケガはなかった。

ランタンを手にしたままだったから、室内を見ることができた。
そこは格子窓のついた扉で閉ざされた、せまい一室だ。石だたみがむきだしで飾りも何もない。ほぼ牢屋だ。
ただ、そまつなベッドと鏡台がある。

扉に手をかけてみたが、もちろん、あかない。

「魔道さま。わたくしをとじこめて、どうするつもりですか?」
「どうもしやしない。おまえはそこで、おとなしくしてるがいい」

声は部屋の外から聞こえた。
ディアディンが格子のすきまから、のぞくと、黒い影が立っていた。

「ウワサどおり、きれいな女だな。いや、ウワサ以上だ。気に入った。おまえをおれの花嫁にする」

それは、こまる。
いくらなんでも、それは許容範囲外だ。

「いえ、その、急にそんなこと言われても、決心が……それに、わたくしのつれはどうなったのですか? 彼らに、もしものことがあれば、わたくしにも考えがありますよ」

魔道は高笑いした。

「けなげなことを。心配せずとも、おれはヤツらを殺しはしない。ヤツらは、ただ永遠に塔のなかをさまよい歩くだけさ」

塔のなか全体に、迷路の魔法でもかけてあるのかもしれない。

(とすると、今すぐ長姫に危険がおよぶわけじゃないのか。だけど、あの人は満月の日のほかは動けないはずだ。月がしずむまでに、早く見つけてやらないと)

考えているあいだに魔道は去っていった。

一人になったディアディンは、ベッドにすわって今後の対策をねる。

すると、鏡台の鏡のなかに、ぼんやりと人影が見えた。目をこらすと、それはディアディンの姿の長姫と、二頭の馬の精になった。
鏡のなかから、長姫が呼びかけてくる。

「そこに鏡があるのですね。そのランタンで鏡をてらすと、その人の見たいものを見ることができます。わたくしたちのことを考えていたのですね?」

ディアディンらしからぬ、お上品な口調だが、このさい、そんなことはかまっていられない。

「あなたも無事なようで何よりだ。魔道は、この塔のなかは迷路になっていると言っていた」

「そのようです。あなたがつれさられると同時に、わたくしたちは奈落へ落とされました。ここは洞くつを利用した迷路です。魔道は侵入者が来たら、ここへ落として身を守っているのですね」

「どうにかして合流したいが」
「迷路さえぬければ、かんたんなことです。わたくしはそのランタンの光を感じることができますから」

「それは、よかった。今は、どうだ? ずいぶん離れてる感じか?」
「そうですね。多少、離れているようです」
「じゃあ、少し時間がかかるな」

魔道も結婚式のしたくに、しばらく時間をついやすだろう。

しかし、扉にカギがかかっている。合流しても、長姫たちはこの部屋のなかまで入れない。

ディアディンは考えこんだ。

(やっぱり、魔道はそうとう強い魔力の持ちぬしか。せめて、もう少し、力になる助けがいてくれれば)
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