まぼろしの海4

文字数 1,956文字


「そ……そんなあ。ムリぃ。いくらなんでも、そんなの、ぼく、ムリ。小隊長は知らないだろうけど、トレジャー族って、ほんとに鼻がいいんですよ。ぼくが入ってったら、すぐに気づかれますよぉ。見つからないように、宝を奪って出てくるなんて、とてもできません」

ディアディンはニヤニヤ笑って、ふところに手を入れると、ハツカネズミの精にむかって香水をふきかけた。それから、自分にも。

「わあッ。何するんですかっ。僕を変な匂いにして!」
「失礼だな。おれが妹に送ってやるつもりで買った香水だぞ。高いんだからな」

「うう……人間くさい。ぼくの匂いがしなくなっちゃった」

「だからいいんじゃないか。これで、おれと、おまえは同じ匂いになった。おまえが、こっそり、おれのあとについてきても、トレジャー族に気づかれない」
「ああ。そうか」

初めて気づいたようで、ぽん、と手を打つ。

「これで、怖くなくなったろ? 手伝ってくれるよな?」

「うう……スノーホワイト族には、もう人質と交換できる宝がないんですよ。前は、食べても食べてもへらない魔法のチーズがあったんだけど、白耳が挑戦に失敗して召使いになったとき、さしだしちゃったから。今度、失敗したら、ぼくは一生、トレジャー族に、こきつかわれるんだ。そんなの、ぼく、悲しいよ」

「だから、おれが、おとりになるんじゃないか。まあ、どうしてもダメと言うんならしょうがない。さっきのシルバースター族のやつに頼むか。あいつなら、一度は洞くつに入ってるから、勇気はあるだろうからな」

「ああッ、なんですか、それ。ぼくが、いくじなしだって言うんですか? いいですよ。やります。ぼくだって、それくらいできるんですからね」

うまく、のせられている。

(まあ、これで成功すれば、それでもいいか)

ディアディンは白しっぽに、トレジャー族に見つからないようにと、厳重注意しておいて、洞くつのなかへと入っていった。

見物人たちは剣劇が始まるのを期待していたろうが、そういうふうには進まない。
ディアディンは無造作に足音をたてて奥へ向かっていくと、口笛さえ吹いて、みずから番人を呼びよせる。

ズシン、ズシンと、奥から地ひびきが近づいてきた。宝の番人が姿をあらわす。

その姿をひとめ見て、まともに戦う作戦をたてなくてよかったと、心から思う。どう見ても、それは人間が太刀打ちできる相手ではなかった。

以前、ジャイアント族に頼まれて、巨人を倒したことがあるが、あれより、はるかに大きな怪鳥だ。
ワシの上半身と、獅子の下半身。
黄金を守るという伝説のバケモノに、こんなのがいた気がする。

羽毛は黄金細工のヨロイのように、見るからに固そうだ。人間の剣では歯が立たないと言われるのも、うなずける。

「悪いな。ジャマしてるぞ。おまえの宝を盗みに来た」

気軽に声をかけると、怪鳥は、うろんげに首をかしげた。

これまでトレジャーの宝を盗みにきた者たちは、息さえひそめて忍びこみ、番人の監視をくぐって、宝を持ちだすことしかしなかったのだろう。
堂々と盗みを宣言するドロボーに、とまどっているのだ。

「さあ、おまえの宝のありかに案内してくれ。案内がなくても、かってに探しまわるけどな」

迷うほどのことはなかった。
洞くつの構造は、じつに単純な一本道が続いているだけだ。
ディアディンは口笛をふいたり、怪鳥に話しかけたりしながら、奥へ進んでいった。
今のところ、白しっぽは上手に、つけてきているようだ。姿が見えない。

「くだり坂になってきたな。このさきが宝物庫か?」

クルルゥ……と、こまりはてたような声をだして、怪鳥はついてくる。
そういえば、この一族は人型に化身することができないようだ。
人の言葉も話せないのだろう。
能力が戦闘に特化していると見た。

くだり坂にかかるところで、ディアディンの目の高さに通風口のような穴が壁にあいていた。それほど大きくはないが、こがらな子どもなら出入りできそうだ。もしかすると、ジャイアント族の少女が、宝を持ちさるときに作った穴かもしれない。

すぐ後ろをついてくる怪鳥の手前、立ち止まることなく通りすぎた。

穴の向こうの光景は、まもなく見ることができた。ゆるやかなカーブの坂のさきに広い空間があった。天井も高く、砦の大広間くらい広い。

出入り口は坂に続く一カ所だけ。
魔法のランプの光のなかに、宝石や黄金が山のように、つみあげられて輝いている。

それにまじって、椅子だのテーブルだのの家具類、剣などの武器防具類、服、ナベ、カマといった魔法具らしきものがある。

まちがいなく、ボロぞうきんにしか見えないものもあるが、ああいうものこそ、すごい魔法の使える貴重な品なのかもしれない。
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