食いしん坊なオバケ1

文字数 1,792文字



林のなかのアリの巣の前に、砂糖を袋ごと置くディアディンを、背後から部下のアンゼルがながめている。

ついてきてもいいが、笑うなよと、前もって言っておいたのに、アンゼルはクスクス笑いが止まらない。

三つ年上のこの部下は、ディアディンが砦に来たばかりのころから、何かと親切にしてくれた。生来が、おせっかいなタチなのかもしれない。

「隊長がアリにエサをやるほど、童心にあふれた人だとは思いませんでしたよ」
「そんなんじゃない。おれの作戦のせいで、飢え死にしたと言われたら、迷惑なだけだ」

アンゼルは首をかしげた。

先月の満月の夜、魔物の長にたのまれて、アリの巣をあらす毒グモを退治してやったんだ——なんて言ったところで、信じてはもらえまい。
ディアディン自身、信じがたいのだから。

砦には魔法使いもいれば、不思議なことも、いくらでも起こる。
が、それにしても、先月、ディアディンが体験したようなことは、あまりにも……ほのぼのしすぎている。一瞬の油断が死をまねく砦の日常からは、かけはなれすぎているのだ。

(今夜はまた満月か。あの夢のなかで、長姫は他にも、おれに頼みがあるようだった。今夜もお呼びがかかるかな?)

美しい姫だった。
魔物たちの言う礼など、どうでもいいが、もう一度、姫に会ってみたいという気持ちはある。
どうせ魔物のことだから、真の姿ではあるまいが。

緑衣をきた小人が緑色のアリだったから、おそらく姫も何かの化身。
この城のどこかに、姫も昼間の姿で存在しているに違いない。

むろん、あれはすべて夢で、たまたま夢を見た朝に、似たような色形の虫たちを見ただけのことかもしれない。

そんなことを考えながら、ディアディンはアンゼルと食堂へ向かった。
一万の砦の兵士の胃袋をあずかる食堂は、本丸の一階にある。
食堂へ行くとちゅう、アンゼルは急に笑いだした。

「なんだ? おまえ。まだ、さっきのこと笑ってるのか? しまいには怒るぞ」

アンゼルはあわてて手をふった。
「ちがいますよ。ウワサ話を思いだしたんです」

アンゼルは人なつこい性格のおかげで、他の隊にも大勢、知り合いがいる。けっこう耳ざとい。

「近ごろ、食堂に幽霊が出るそうです」

そこで、なぜまた笑うのか。
ふつう、幽霊の話は、ぞッとしながらするものだ。

「それが笑えるんだけど、先月、急死した、ドーンの亡霊らしいんです」

そう言われれば、なぜ笑うのか、なんとなく納得できた。

食堂で働くコックや給仕は多いので、兵隊がその全員の顔や名前を知っているわけではない。

でも、ドーンは特別だ。
ぽっちゃり太めのドーンは、いつも盗み食いして、まかない長に怒られていた。砦では有名な食いしん坊だ。

愛きょうがあったので、兵士にも人気があったが、先月、急な腹痛をうったえて死亡した。
食いすぎじゃないか——なんて言う者まであったが、急性盲腸炎というやつだったらしい。

「そうか。ドーンのな。やっぱり食堂から離れないのか」
「真夜中になると、厨房をはいかいするんだそうです。みれんがましい目つきで、食料を見ながら」
「しゅうねん深いな」

恐ろしいまでの食べ物への執着。
どおりで笑い話になるはずだ。

「まあ、おれたちの生活には、かかわりないからいいですけど。調理人たちが朝の仕込みを恐れるので、まかない長は困ってるみたいです」

そんな話を聞いたばかりだった。

その夜、ディアディンのもとに迎えが来た。

扉をたたく音で、ディアディンが目をさますと、部屋の外に、女の子が立っていた。
もこもこした白い毛皮の服(信じられないことに、股下に布がない! 同じモコモコのくつしたをはいているが、ふとももは、むきだし)を着た小柄な少女だ。

服も白いが、髪も白い。
目は赤いから、アルビノだ。
やっぱり顔立ちはカワイイ(ただし貧乳)。

「あるじが待っております。おいでください」

少女がよく通る高い声で告げても、ベッドにころがった部下たちは、いっこうに目をさまさない。

「行こう」

二度めなので、ディアディンも、なれていた。しっかりと剣を持っていたが、今回、武器は必要なかった。

今度も、いつもと違う迷宮みたいな砦のなかをつれられて、麗しい長姫のもとへ辿りついた。
今夜も月光が、こうこうと姫をてらしている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み