約束1

文字数 2,375文字




満月の夜のたのみごとは、いつもムリな注文が多いのだが、今度のことは、なかでも難問らしく思われた。

「死人を生き返らせろだなんて、いくらなんでもムチャだ」

ディアディンの言葉に、長姫のところまで案内してきた子どもが、あわてて首をふる。あわてて、といっても、そのしぐさは妙にギクシャクしている。

第一、子どもといっても、どう見ても人間の子ではない。

長姫の眷族が魔物だということは承知のうえだが、これまでの一族は、みんな奇抜ながら人間らしい姿をしていた。
しかるに、今度のは、見るからに人ではない。どこから見ても、それは動く人形だ。肌は木でできている。

そういえば、以前、ぬいぐるみの迷い子があった。あのたぐいだろうか。今度の一族は人形の化身なのかもしれない。

「長老。マダ死んでナイ。なおせば、ウゴクよ」

キチキチと、かんだかい声。カタコトのしゃべり。
聞きとりにくいので、かわって長姫が説明した。

「長老は言わば、仮死状態なのです。あなたは以前、傷ついた魔物を復活させました。あのときは悪しきものに利用された形ではありましたけど。あれと同じことを、長老にしてほしいのです」

絵のバケモノを補修して直してやったことがあった。
今回の種族は人の手で作られたものが本体らしいから、そう言われれば、かならずしも不可能ではなさそうだ。

「そういうことなら、まあ、なんとかなるか。長老は今、どこにいるんだ? ひとめ会っておきたいんだが」

姿を見れば、正体を知る手がかりになると思ったが、いざ、案内されて行ってみても、たいした手がかりにはならなかった。
長老はごくあたりまえな人肌の老人。ヒゲと髪が川のように長々と伸びているだけだ。
ベッドに寝かされたまま、ぴくりとも動かない。

そのまわりを大小の人間もどきが、心配げにとりまいている。木肌や陶器製の人形のようなのが多いから、やはり人形の精だろうか。

「ミンナ、しんぱい。長老、ハヤク、なおる」

てきとうに、うなずきながら、正体を知るヒントをもう少し得られないかと、ディアディンがねばっていると——

そのとき、それが起こったのは、彼らのサービスだったのかもしれない。

長姫の眷族たちは、ディアディンの前に本性であらわれることはあっても、それが自分たちの正体だと語ろうとはしない。

もしかしたら、人間に本性を言いあてられてはいけないのかもしれない。
だから、ディアディンも、あえて、そのことにはふれないでいた。

そう考えると、これは彼らにしてみれば、かなり危険な行為だ。
それほど、長老を案じていたのか。はたまた、まったくのぐうぜんか。

長老をながめるディアディンの前で、彼らは、いっせいに変な音をたて始めた。
ボンボンと低い音を響かせるものもあれば、オルゴールをならすものもある。
ディアディンをつれてきた子どもは、口から木製のハトをとびださせて、クルッポー、クルッポーと二回ないた。

(わかった。時計か)

たまたま時刻が真夜中の二時に達しただけかもしれないが、運がよかった。
正体さえわかれば、長老の本体をさがすのは難しくない。

その夜は、それで帰った。
翌日からは時計さがしだ。

時計は高価なので、貴族や金持ちの持ちものと相場が決まっている。
ましてや辺境の砦になど、城じゅう、くまなく歩きまわっても、数は知れている。そのなかから、今は動いていない時計をさがすだけ。

事実、ちょっと部下のアンゼルにたずねただけで、その時計は見つかった。
ただし、今回は、このあとが大変だったが。

問題の時計は、本丸一階と二階をつなぐ、階段のおどり場にあった。
大きな柱時計だ。砦の建設された五百年前から、ずっと、そこにかけられていた。半年前から動かなくなって、砦には修理できる職人もいないため、そのまま放置されている。

「もっとも、以前はいましたよ。修理できる人間」と言ったのは、二階の司書室から、ディアディンの匂いをかぎつけてきた、魔術師のロリアンだ。

今日はマトモなことを言っているようだが、この前にさんざん、ディアディンと二人で、いつもの悲喜劇を演じている。

「誰だよ? 魔術師か?」

「ご冗談を。魔術師は職人じゃありません。正規隊の兵士で、ネールとか言いましたっけねえ。時計職人の息子でしてね。毎朝、ここへ来ては時計の調子を見ていたものです。まだ若くて、ちょっと可愛かったので、目をつけてたんですが。その時計が動かなくなった少しあとに、家族に不幸があって、急きょ、除隊して、故郷へ帰っていきました」

「それじゃ、今の役には立たないじゃないか。ほかに修理できるやつはいないのか?」
「時計職人の兵士なんて、そうはいませんよ」

それはそうだ。

「しかたない。伯爵閣下のおゆるしを得て、一番近い街まで送り、修理してもらおう」

金はかかるが、しょうがない。
輸送隊にたのめば、次の満月にはまにあいそうだ。
さっそく、そのように手配して、ディアディンは大時計が直ってくるのを待った。

ところがだ。
満月までに砦に戻ってくることは、戻ってきたものの、時計は直っていなかった。

そえられた職人からの手紙によると、古くなった部品はすべて、とりかえ、きれいに内部までホコリをはらい、およそ考えうるかぎりの修理をした。
が、どうしても動かない。
これで動かないはずはないから、時計の寿命なのだろうということだ。

ちなみにガンコな職人らしく、止まっていた原因を文面で説明してあった。
要所の歯車が一枚、われてしまっていたのだ。ふつうなら、その歯車だけ取りかえれば動くはずだという。

(しかし、時計の精たちは、長老の寿命はつきてないと言ってた。じゃあ、なぜ、動かないんだ?)
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