やさしい雨7

文字数 2,056文字


「全員、入ったかッ? よし、扉をとざせ。弓矢はないか? 石弓は?」
「そんなものありませんよ。人間じゃあるまいし」
「くそッ。おまえらは武器をもたないのか?」
「剣かヤリなら」
「じゃあ、ヤリだ。酸に注意して、窓からつくんだ」

そうしながら、女子どもを奥へ逃げさせる。

「そうだ。体はデカイが、ニョロロンも子どもだ。牢から出して、安全なところへ避難させよう」
「そうですね」
「ウニョロ、おまえ行ってこい」

ウニョロがかけていった。

その少しあと、酸を吐き、巨大な体を打ちつけ、扉をやぶろうとする黒ヘビが急にひるんだ。何かをさぐるように胴体をおこして、ゆらゆらする。よく見ると、その体には四本の足がついていた。

(あれは、まさか、ニョロロンと同じ……?)

そこへ、背後からいくつかの声がひびき、足音がせまってくる。

「待ってくれ、ニョロロン! そっちへ行っちゃいけない!」

赤ん坊のくせに、すごい速さでハイハイして、ニョロロンが廊下を突進してくる。
そのあとを必死になって、ニョロとウニョロが追っていた。

ニョロロンはニョロが止めるのも聞かず、一心不乱に扉へと向かってきた。
白ヘビたちが、あわてて左右へ散るなかを、まっすぐにつき進んでくる。

ディアディンたちの見ている前で、ニョロロンのひたいが割れ、小さな二本のツノがのぞいた。またたくまにツノは伸び、それにつれて、ニョロロンの姿も成長していく。扉にたどりついたときには、外にいる黒ヘビと同じものになっていた。

だが、その姿は純白にかがやいて、美しい。
神聖なケモノだと、ひとめでわかった。

ニョロロンは叫びながら扉をやぶり、黒ヘビに組みついていった。
白と黒の大蛇が、からみあって、死闘をくりひろげる。

若いニョロロンは力ではまさっていた。が、戦いに慣れていなかった。弱ったふりをする敵のさそいに乗って、かみつこうとする。
その喉笛(のどぶえ)を逆に黒ヘビのするどいツメが引きさこうと狙う。

「あぶないッ、ニョロロン!」

いつのまにかヤリを手に、ニョロが外へとびだしていた。
黒ヘビは鬱陶(うっとう)しそうに、シッポのさきでニョロをはねとばした。

「うわああッ——」

あっけなくニョロは倒れたが、しかし、その一瞬、黒ヘビにすきが生まれた。
すかさず、ニョロロンが黒ヘビの喉をかみさいた。
雷鳴とも、地響きともつかぬ怒号が天をふるわし、黒ヘビはくずれおちた。朽木のように、よこだおしになって消えていく。

「ニョロ、大丈夫か?」

ディアディンたちがかけよって、助けおこすと、ニョロは意識をとりもどした。

「……平気です。このくらい。それより、ニョロロンは?」

ニョロが立ちあがると、ニョロロンは嬉しげにすりよる。今やニョロの身長ほどもある頭をこすりつけた。

「ニョロロン、よくやったな。おまえは私の自慢の息子だよ」

ニョロは満面の笑みだが、なぜか、ニョロロンは悲しげな目をした。
抱きよせるニョロの腕をのがれ、すっくと身をおこす。
そして、とつぜん、空に向かって舞いあがる。

「ニョロロン! どこへ行くんだ? ニョロロン!」

白く長い姿が、光の尾をひいて、天の高みへのぼっていく。

「ニョロロン! ニョロローン!」

ニョロの声にこたえるように、くるりと青空に輪をかいて、ニョロロンは雲のはざまに吸いこまれた。

「ニョロロン……」

気落ちするニョロの肩を、ディアディンはたたいた。

「ニョロロンは、あの悪しきものを滅ぼすために使わされた神獣だったんだ。そんな気がする」
「そうですね……」

元気をだせと、ディアディンが言う必要はなかった。
ニョロには、ウニョロとムニョロがついている。

ヘビ皮の効力も切れたようで、ディアディンの感覚は、しだいにその世界から遠くなっていった。
かすんでいくディアディンの視界に、いつまでも空のかなたを見つめるニョロの姿があった。

この話には少しばかり、後日談がある。

ディアディンが忘れたころになって、かびくさい古めかしい本を持って、ロリアンがやってきた。一枚のさし絵をしめして教えてくれた。

「この前の生き物、なんだかわかりましたよ。遠い東の国では、よつ足のあるヘビを、みずち、というのだそうです。みずちは年を経ると、竜になって天にのぼるということです」
「そうか。あの長いのは、異国の竜か」

「むこうの竜は、神通力で雨をふらすって書いてあるけど、本当ですかね」
「たぶんな」
「なんでわかるんです?」
「さあ?」
「もったいぶらないで、教えてくださいよ」

ディアディンは笑ってごまかした。

ただ、ときおり、小雨のふる日には、裏庭へ行ってみる。

すると、雨にぬれて空を見あげる、一匹の白ヘビを見つけることができる。

その視線のさきには、雲間に、きらめく銀のウロコが幻のようにかすかに見えた。育ててくれたヘビの親を、まだニョロロンは忘れていないのだ。

無言で語る親子の言葉のかけはしのように、その日の雨は不思議とあたたかい。



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