月は満ちて8

文字数 1,185文字




五年後——

「ほんとうに行くの? おにいちゃん。いくら騎士にあこがれてるからって、砦は危険すぎるわ」

「ミュルトの言うとおりだ。ディアディン。どうせなら、僕の騎士になってくれればいいじゃないか。僕はずっと、大人になったら、君が僕を手助けしてくれるんだとばかり思ってたのに」

十七になり、ディアディンは砦へむかう。
見送るリックやミュルト、両親も、わざわざ危地にとびこむディアディンを、涙ながらに見つめる。
でも、どんなに引きとめられても、ディアディンはやめる気はない。

(なぜだろう。おれは行かなくちゃいけない気がする)

子どものころから、なぜか、その思いが、いつも心にあった。

不思議と何かに呼ばれているような——

そんなときは決まって、泣きたいような、大切な何かをなくしてしまったような切なさがこみあげてくる。

だから、行くのだ。砦へ。

家族が止めるのをふりきるようにして、ディアディンは砦にむかった。
何かが起こると確信していた。
だが、砦の生活は期待とは裏腹に、殺伐とした日々だった。

最初の満月の夜までは——

「ねえ、小隊長は僕らのこと、忘れてしまってるんだよねえ?」
「あーあ、小隊長が僕らを見るとき、ちょっと気味悪そうにして、おもしろかったのに」
「ウニョロ、ムニョロ。小隊長は恩人なんだ。そんなこと言っちゃいけない」
「ニョロはマジメだなぁ」
「なあ」

「ニョロニョロさんたちはあっちに行っててくださいよ。お使い役は、ぼくなんですよ」

「僕らだって、小隊長に会いたいよォ」
「そんなこと言うと、丸飲みしちゃうぞ」
「ぎゃあっ。やめてくださいっ。仲間殺し!」

気のせいだろうか。
なんだか廊下がさわがしい。

これは、夢だ。
そう。きっと、夢。

ディアディンが目をあけると、ひらいた扉から、みょうな連中がいっぱい、のぞいていた。

「あっ、小隊長。来てください。あるじが呼んでます」

むりやり、ひっぱっていかれて、そこで待っていた人を見た瞬間、ディアディンは喜びと愛しさで、胸がしめつけられるように苦しくなった。

この人だ。おれはずっと、この人をもとめていた。
失われた何かが、そこにあった。

「月の…しずく?」

この世には、奇跡というものがあるのだ。
時の魔法のかなたに失われたはずの記憶。そのすべてをとりもどすことはなかった。
しかし、その人を愛しいと思う気持ちまでは、どんな力も、ディアディンから奪うことはできなかった。

「おれは、あなたを知っている気がする……」
「わたくしも、あなたをよく知っています」
「そう。おれたちは以前にも、こうして……?」

失われたものならば、また紡げばいい。

ディアディンはその人と目を見かわし、微笑んだ。
これから始まる物語を思って。

幸福な満月の魔法が、二人をつつみこんでいた。




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