約束2

文字数 1,828文字


どうも今回ばかりは、お手上げな感じだ。満月の夜はせまっているし、ディアディンは困りはてていた。

もとのとおり、おどり場におさまって、もとのとおり、一分一秒たりと動かない時計をながめ、ディアディンはため息をついた。

すると、どこからともなく、ただようようにロリアンがやってくる。

「うれい顔もそそられます。採血しましょう。ねえ、採血」
「今日はひっつくな。おまえの相手までしてやれる心のゆとりがない」

「時計、直らなかったんですか?」
「できるかぎりの処置をほどこしても、蘇生にいたらなかったそうだ。おまえなら、どう思う? 身体的には異常がないのに、目をさまさない原因は?」

「人間なら心の問題というところですけどね」
「心……か。めざめたくない理由があるわけか」

「さあ。時計の気持ちは、時計に聞いてみなくちゃ」
「ああ。時計に……」

満月を待つしかないようだ。

次の満月の夜、ディアディンは長老をとりかこむ時計の精たちに聞いてみた。

「おまえたちの長老は、人間が直せるだけは直した。めざめないのは、長老自身がめざめたくないからだ。長老がそう思う理由を知ってるやつはいるか?」

時計の精たちが、いっせいに考えこむと、室内にチクタクとゼンマイの音がひびく。が、それきり、いっこうに誰も口をひらかない。

五分待ち、十分待つと、だんだんディアディンはイライラしてきた。

「わからないなら、わからないと言えよ」

時計たちは、ワカラナイを大合唱した。気が長いのか、脳みそがゼンマイだからなのか、どうも感情の起伏が読めない。いつもの子どもっぽい連中が、むしょうになつかしい。

「おい、長老。あんた、ほんとは起きれるんだろ? なんで目をさまさない。わけを言えよな」

眠っている老人にくってかかると、長老は一瞬、ちらりと薄目をあけた。そして、ディアディンを見たとたん、不機嫌になって死んだふりをする。

「ちくしょう。このクソジジイ。おれはもう知らないからな。かってにしろよ」

ディアディンは時計たちの部屋をとびだして、どうにか案内なしで長姫のもとへ辿りついた。通るたびに構造のかわる廊下も、ディアディンの長姫に会いたいという気持ちのほうが、まさったらしい。

「長姫! あの長老は、とんだタヌキジジイだ。起きれるくせに、起きやがらない」

つい荒っぽい口調になったが、美しい長姫は涼しげに笑っていた。

「長老はたいへん高潔なかたです」
「ふん」

「が——」
「ああ……やっぱり欠点があるんだ」

「その一面、たいへん頑固で、信念をまげることをよしとしません。長老の気持ちをうまく誘導しなければ、永遠にめざめないでしょう」
「手のかかるジイさんだな」

まあ、それなら、それでいいかとも思う。満月のたびに、長姫をたずねてくる口実になる……。

ディアディンは無意識に、長姫の肩に手をのばそうとして、われに返った。

今、自分は何をしようとしたのだろう?
長姫の肩を抱きよせ、くちづけてみたいとは思わなかっただろうか?

「ディアディンさま……」
「すまない。今夜は帰る。長老のことは、もう少し、なんとかしてみる」

逃げるように去って、ディアディンは自嘲(じちょう)する。

(あれは魔物だぞ。いくらなんでも、まずいだろう)

二回めの満月がすぎて、時計の長老の件は暗礁(あんしょう)に乗りあげてしまった。

正直、最初に引き受けたときは、この件が、こんなに長引くとは思ってもみなかった。
こんなことなら、カンシャクをおこさず、もっと根気よく長老から話を聞きだしておくべきだった。

ディアディンがおどり場の柱時計の前で、むだに腕組みすることが増えていた、ある日。とつぜん、運がめぐってきた。

毎日、時計と、にらめっこするディアディンを見かねたのか。ロリアンが、亡霊にとりつかれたように青い顔の若い兵士を一人つれてきた。
もっとも、ロリアンに引きずってこられれば、誰だって青くなる。

「ひれふしなさい、ディアディン。私に、これまでの非礼の数々をあやまりなさい。あがめよ。たてまつれ! いけにえをつれてきましたよ。彼もなかなかカワイイでしょ? 新鮮な血の匂いがします」
「なにが、あがめよ、だ。うっとうしいなあ。おまえに、かまってやる心のゆとりはないって言ったろ」

ロリアンは勝ちほこったように笑い声をあげた。

「彼が誰だと思うんですか? ウワサのネールの友人ですよ」
「えっ? ネール?」
「そうです。時計職人の息子のネールです」
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