ためらい3

文字数 2,241文字


「なんだって? おれと、あんたの姿を入れかえる?」

「わたくしが、あなたに、あなたが、わたくしの姿になるのです。そうすれば、魔道も油断するでしょう。魔道を討つ好機をえられると思うのです」

「でも、それは、めくらましの魔法をかけるって意味だろ? あんたより強い敵にはきかないんじゃ?」

「あなたも気づいていらっしゃるでしょう。ここは人間の世界とは異なる世界です。あなたの眠っているあいだの意識を、わたくしの世界へ呼び入れているのです。
ですから、ここでは、あなたは実体をもっていません。あなたが、あなたの姿をしているのは、あなた自身の無意識の選択です。もし、あなたが別の姿になりたいと望めば、そうなることが可能です」

「理屈はわかる。できるかどうかは別だが」
「なれるまでは気力が必要かもしれませんが、役者になったつもりで、わたくしを演じてみてください」
「役者ねえ……」

そう言われると、ちょっと楽しそうではある。

「でも、それだと、魔道はあなたを、おれだと思うわけだろ? あなたには人質の価値があるが、おれにはない。おれに化けたあなたを、魔道は殺そうとするかも」
「わたくしだって、一門の長です。自分の身を守ることくらいできます」

ディアディンは心配だったが、長姫が聞かないので、けっきょく、姫の案をとりいれ、今にいたるわけだ。

だから、今の長姫はほんとはディアディンである。
自分の前に背中をさしだす、アシの速足を見て、ディアディンは困ってしまった。深窓の姫の月のしずくを歩かせて、騎士の自分が馬に乗るのは抵抗がある。

さて、どうするかと考えていると、もうひとつ足音が近づいてきた。

今度やってきたのは、まき毛のたてがみの子馬だ。雪のように白い。

「月のしずくさま。ぼくもつれていってください。きっと、あなたの役に立ってみせますから」

アシの速足が鼻さきで笑う。

「子どもの遊びじゃないんだぞ。ちび。おまえは、ひっこんでろ」
「ぼくはチビじゃないぞ。白い竜巻って、りっぱな名前があるんだ」
「名前はりっぱだが、おまえは一族の、おちこぼれだ」
「ぼくだって……やろうと思えばできるんだ」

どっかで聞いたようなセリフだったので、ディアディンは苦笑いした。

「では、ともに参りましょう。白い竜巻。あなたは、わたしの騎士を乗せてください」

あくまで長姫らしく、気高く、かつ、しとやかに言うと、小さな竜巻は心から感激して目を輝かせた。

「まかせてください!」

チビ竜巻をバカにしているアシの速足は不愉快げに嘲笑(あざわら)った。

「おまえに大人の男を乗せていけるもんか。すぐに重くて、つぶれてしまうさ」

ところが、見ためはディアディンだが、なかみは長姫なので、子馬はラクに乗せることができた。

「へえ。ビックリ。大人の人間って、けっこう軽いんだね。なんだか、そよ風をのせてるみたい」
「やせガマンして」

そう言うアシの速足のほうが、砦で鍛えた戦士のディアディンの、予想外の重さにたじろいだ。

「い……意外と重いのですね。いつも私が乗せてる連中と同じくらいありそうだ」

ディアディンはふきだしたいのをこらえて、すまして答える。

「魔道さまに許しを乞うため、貢ぎものを持ってきました。そのせいでしょう」
「ああ、それで。ということは、あなたは魔道に屈するおつもりなんですね?」
「人質になることだけは許していただきたいのです。わたくしたちは、弱きものの集まりですから」

いかにも長姫の言いそうなことを話しながら進んでいく。

アシの速足は名前のとおり、すばらしく速い馬だった。
チビの竜巻は、けんめいにそのあとをついてくる。

「待ってよ。待ってよ。はやすぎるよ」
「だから、おまえはいらないと言ったんだ。今からでも遅くはないから帰るんだ」
「だ、だいじょうぶだよ。このくらい、ぼくだって」

わりに負けずぎらいのチビで、息をきらしながらも、どうにか追ってくる。

みるみる景色がすぎていく。
草原は遠くなり、いくつもの種族の領土を通りすぎた。
美しかった風景が、どこか陰鬱(いんうつ)になり、しだいに禍々しくなってくる。

とがった木が地面をつらぬくヤリのようにつきだした、岩山にたどりついた。

「このさきが魔道の塔です」

さもあろう。
あたりに、ただよう邪気は、ディアディンが砦で慣れ親しんだ、悪しきものの気配だ。

「まだ、このさき、長いのですか?」
「私の足なら、まもなくですよ」

空には黒い雲が渦巻いて、重苦しく、たれこめている。
あれほど明るい光をなげていた満月も見えない。

しばらくして、山頂に不吉な塔が見えた。やせほそった人間の手のような形の黒い塔だ。
ディアディンたちが塔の前に立つと、入口の扉が、しぜんにひらいた。

「どうやら、歓迎の意味らしいですね。まいりましょう」

ディアディンはアシの速足の背中から降り、先頭に立って歩いていった。

長姫はディアディンらしく、雄々しくふるまおうとしているが、かすかに肩がふるえている。自分の姿だから、ちょっと笑える。

「ディアディンさま。手をつないでいてください。あなたの勇気が、わたくしに力をあたえてくださるように」

言うと、長姫のディアディンは、なまめかしく微笑んで、ディアディンの背にひっついてきた。
できれば、いつもの姿のときに、そうしてほしかった。
でも、かわいい。

そのあとを、アシの速足と、白い竜巻が、こっちも、ややふるえながらついてくる。
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