星のかけら3

文字数 2,327文字


「冗談じゃない。そんなこと約束にはなかったぞ。探したいんなら、おまえらで探してやれよ。おれは知らない」

「ウソですよね? こんな小さなものを前に、本気でそんなことは言いませんよね? われらのあるじが知ったら、さぞ失望するでしょう」

「………」

こういう言いかたこそ卑怯ではないだろうか。
長姫の名前をだされれば、むりにも帰るとは言いづらい。

「ムチャな頼みはしてくれるなと言っといたのに。わかった。今回かぎり、大サービスで探してやる。感謝しろよ」

「そう言ってくださると思っていました。ありがとうございます。あとでお礼を届けますから。あ、心配しなくても、あるじから受けとる約束の礼ではありませんよ。今回は、わたしの願いをきいてもらうのだから、われらシルバースターの宝をおわけしましょう」

まあ、タダ働きではなさそうだ。

「じゃあ、手わけして探しましょうか。われら一族も全員で手伝います」
「探すのはいいが、キラキラ光るキレイなものってだけでは……」
「それは本当に、とても美しいものだから、ひとめ見たらわかるそうです」

しょうがなく、ディアディンは迷路みたいな城内を、ともかく歩きまわった。
ディアディンのとなりには、シルバースターの女がついてくる。

「なかなか、ないものですね。キラキラなら、われらも大好きなんですが」

さんざん歩きまわったあげく、疲れて、いったん、もとの噴水の庭へ帰った。

大理石の石組みに腰かけて、足を休めながら、なにげなく噴水を見ていると、水面に夜空が映っていた。
またたく星が、いやに、はっきりと輝いて見える。手にとって、すくいあげることさえできそうだ。

なんの気なしに手を伸ばして、ディアディンは水面をさらってみた。
すると、どうだろう。
水面に映った星が、ふんわりとディアディンの手に乗って、水から出てきた。

「そういうことか。あいつらは存在そのものが、おれの頭に酢を立たせそうにメルヘンだから、発想もメルヘンにしなければならなかったんだ」

どこからともなく子ザルたちがよってきて、ディアディンの手から星のかけらを受けとる。

「これこれ、これだと言っております」

おかげで、そのあとディアディンは噴水に入り、水びたしになって水面に映る星を集めるハメになった。

もっとも、水面を泳ぐ魚をつかまえるように、手で星をすくいあげることは、かなり楽しかった。

手のうちにころがる、ほのかにあたたかい光。
形はないのに、たしかに、そこにある。
一生、手に入れられるはずのなかったものを、今だけはつかむことができた。

いつのまにか最初の不平も忘れて、ディアディンは、この幼稚な遊びを心から楽しんだ。

「よしッ、これで最後だ。噴水に映る星は、これで全部だな」

ディアディンのひろいあげた星のかけらは、子ザルたちが、せっせと組みたてて、ひとつの球ができあがっていた。
ディアディンの両手になら乗せられるくらい、小さな星だ。
子ザルたち二ひきが乗りこむには、ちょうどいい。

だが、ディアディンが最後のひとかけを渡し、子ザルの兄が、はめこんでも、まだあと、ひとかけらぶんのすきまがあいていた。

子ザルたちはオロオロして噴水を見る。そこには、ひとつの星も映っていない。
二ひきの子ザルは、たった一つぶんのすきまを、悲しげに見つめ、わんわん泣きだしてしまった。

「ああ。こまりましたね。これでは、この子たちが帰れませんよ」

困惑するシルバースターの姿が、急にぼやけた。

ディアディンはベッドのなかで目をひらいた。なんとも寝ざめが悪い。

「くそッ。おれをこんな、女子どもの心痛めるようなことで悩ませるなんて! 頭に酢が! ウジが! おれがチーズのかどで頭を打って死んだら、あいつらのせいだからな」

まだ外は薄暗かった。東の空が、かすかに白んできている。

ディアディンは父ゆずりの黒髪を、両手でかきむしった。

だが、そのとき、ふと気づく。
外が暗いにしては、部屋のなかが明るい。
外から入る夜明けの光とは、はっきり異なる光。

ディアディンは吸いよせられるように、光のみなもとへ歩みよった。
それは子ザルたちが、よじのぼろうとしていた机だ。
ディアディンが引き出しをあけると、青い光がいっぱいに満ちていた。

「ああ……見つけた」

そういえば、すっかり忘れていた。
あの井戸端で、ひろった、なんとも不思議なもの……。

ディアディンが星のかけらの最後のひとつを手にとったとき、まどの外で鳥のなき声がした。あの聞きおぼえのある、ガラガラ声。
まどをあけると、ひたいに星のような白い羽のあるカラスが一羽、舞いおりてきた。

「これを、あのサルどもに届けてくれ。そして、もう二度と、おれの手をわずらわせるなと言ってやれ」

カラスはディアディンの手から、星のかけらをくわえて飛びさった。

まもなく、明けそめる東の空に、光の尾をひきながら昇っていく、小さな星があった。

(そういえば、いにしえの言葉で、天を旅する乗り物を、スターシップというんだった。星の船か。古代人の考えた、おとぎ話だと思っていた)

おとぎ話の乗り物だから、おとぎ話のような生き物が乗りこんでいたのかもしれない。

空にのぼる青い光が、ほかの星々の光にまぎれこむまで、ディアディンは見送った。

後日、ひたいに星をもつカラスが窓辺にやってきて、約束どおり、彼らの宝をくれた。

それは光りものの好きなカラスの宝らしいガラクタだった。

ディアディンは笑って受けとり、机の引き出しに入れた。

ディアディンの引き出しには、青いビー玉がころがっている。



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