やさしい雨5
文字数 2,148文字
*
翌日、ディアディンは(まがりなりにも魔法使いの)ロリアンをつれて、裏庭へ行ってみた。
茂みの裏にいたのは、卵からかえったばかりとは思えないほど大きな白ヘビだ。
ニョロたちでさえ、胴の太いところは、ディアディンの二の腕くらいあるが、この子どもは、それよりさらに、ふたまわりは太い。長さは、とっくにディアディンの身長をこえている。
「蛇ですね」
むぞうさに白ヘビを手にとった——というより、引きずるようにして持ちあげたロリアンは、早々に自分の言葉を訂正した。
「ちがった。ヘビっぽい生き物だ。なんですか? これ。こんなの初めて見る。ほら」
と言って、ディアディンにも、その部分を見せてくれた。
「ヘビなのに、足がある」
おなかのほうをひっくりかえしてみれば、たしかに小さな四つ足がついていた。だが、トカゲというには、あまりにも胴が長すぎる。なんだか、得体の知れない生き物だ。
「変わった生き物ですねえ。ちょっと、つれていって調べてみます」
かってにつれ去ったので、その夜、ディアディンは不法侵入者にたたき起こされた。
もちろん、ニョロだ。
ヘビ皮のせいで、ディアディンが向こうへ行けるだけでなく、向こうからも行き来が自由になっているらしい。
「ニョロロンを返してください!」
「ニョロロン……? ニョロニョロの名前は、どうも区別が……」
「私の子どものニョロロンですよ!」
「ああ、あの赤ん坊……」
眠いところを起こされて、大迷惑だ。
「たのむから寝かせてくれ。おれは眠いんだ」
「ニョロロンをさらうからです。あの子をどうするつもりなんですかッ?」
「どうするって、おまえ、いいかげんに目をさませ」
「ねぼけてるのは小隊長ですよ」
しょうがなく、ディアディンはアクビをしながら起きあがる。
「そうじゃない。あの子どもが、おまえたちの仲間じゃないことぐらい、おまえだって気づいてるんだろ? あれが悪しきものかどうかは別にしてもだ。おまえたちとは異種族だってことぐらい、見ればわかるじゃないか」
「それは……」
「だいたい、あれ以上、大きくなったら、おまえには養いきれない。今のうちに、手ばなしてしまったほうがいいんだ」
「そんなこと言って、あの子をどうするつもりですか?」
「今、魔法使いが調べてる。やつらは珍しい生き物のあつかいにも慣れている。まかせておいても安心だろう。もし、ニョロロンが悪しきものだったとしても、魔法使いなら、対処をあやまることはない」
ニョロは憤慨した。
「小隊長は悪しきものだった私を信じてくれたじゃないですか! なぜ、ニョロロンのことは信じてくれないんですか!」
そう言われると、そうだ。
異様な子どもではあるが、ニョロの言うとおり、悪しきもののような不快な感じはしなかった。
「まあ、なんにしろ、イジメてるわけじゃないから、心配しないで今夜は帰れ」
なだめすかして、追い帰すことに成功した。
ところが、大きなことを言って、うけおった翌日。朝早くから、兵舎にロリアンがとびこんできた。
「すいません。ごめんなさい。なぐってくださってもいいです。だから、ほかの男に血をあげないで!」
ウソ泣きしながら抱きついてくるので、お言葉どおり、ゲンコツをおみまいした。
「うるさいな! ていうか、おまえにだって、血なんかやらないよ。なんの用だ!」
「それがそのォ……逃げられました」
「はあ?」
「ですから、昨日のアレです。ケージに入れといたんですけどねえ。エサをやろうとしたら、こう、するっと……」
「するっとじゃない! この大バカやろう!」
「だから、すみませんって……」
「もういい。責めるのは、あとだ。今は、とにかく探すぞ」
「あとで、しっかり責めるんですねぇ……」
部下にも応援をたのんで、城じゅうをさがしまわったが見つからない。
「そうだ。父親のニョロのところに帰ったのかもしれない」
「ニョロだって、ニョロ。笑っちゃう」
「おまえ、かみ殺されても知らないぞ」
まあ、どんなにニョロの名前を笑いたおしても、ロリアンがかみ殺される心配はなかった。
裏庭へ一歩、足をふみいれたとたん、ぬけがらを持ったディアディンだけが、とつぜん発生した濃霧のなかに吸いこまれていったからだ。
気がついたときには、いつもの夢のような、そうでないような世界へ、迷いこんでいた。
広い庭をあてもなく、さまよっていると(なにしろ、来るたびに地形が変わる)、ちょうど、見まわりちゅうの双子とニョロに出くわした。
「あれ? 小隊長」
「なんで来たんですか?」
すると、そのときだ。遠くのほうで、さわぎ声が聞こえた。ディアディンたちは急いで声のしたほうへ向かった。
ディアディンにも見おぼえのある白ヘビ族の者たちが、城門近くに集まって、口々に怒鳴っている。
その中心に、一人の白ヘビの精が足にヤケドをおって、うめいていた。例の悪しきものにやられたのだ。
「しっかりしろ! ニョロット」
「あいつめ、今日こそは、しとめるぞ!」
「あっちへ行ったぞ。急げ!」
わあッと大勢で走っていく。
ディアディンたちも、ついていった。
なんとなく、そんな気がしていたが、追いかけていったさきに、いたのは、あの巨大な赤ん坊、ニョロロンだ。
翌日、ディアディンは(まがりなりにも魔法使いの)ロリアンをつれて、裏庭へ行ってみた。
茂みの裏にいたのは、卵からかえったばかりとは思えないほど大きな白ヘビだ。
ニョロたちでさえ、胴の太いところは、ディアディンの二の腕くらいあるが、この子どもは、それよりさらに、ふたまわりは太い。長さは、とっくにディアディンの身長をこえている。
「蛇ですね」
むぞうさに白ヘビを手にとった——というより、引きずるようにして持ちあげたロリアンは、早々に自分の言葉を訂正した。
「ちがった。ヘビっぽい生き物だ。なんですか? これ。こんなの初めて見る。ほら」
と言って、ディアディンにも、その部分を見せてくれた。
「ヘビなのに、足がある」
おなかのほうをひっくりかえしてみれば、たしかに小さな四つ足がついていた。だが、トカゲというには、あまりにも胴が長すぎる。なんだか、得体の知れない生き物だ。
「変わった生き物ですねえ。ちょっと、つれていって調べてみます」
かってにつれ去ったので、その夜、ディアディンは不法侵入者にたたき起こされた。
もちろん、ニョロだ。
ヘビ皮のせいで、ディアディンが向こうへ行けるだけでなく、向こうからも行き来が自由になっているらしい。
「ニョロロンを返してください!」
「ニョロロン……? ニョロニョロの名前は、どうも区別が……」
「私の子どものニョロロンですよ!」
「ああ、あの赤ん坊……」
眠いところを起こされて、大迷惑だ。
「たのむから寝かせてくれ。おれは眠いんだ」
「ニョロロンをさらうからです。あの子をどうするつもりなんですかッ?」
「どうするって、おまえ、いいかげんに目をさませ」
「ねぼけてるのは小隊長ですよ」
しょうがなく、ディアディンはアクビをしながら起きあがる。
「そうじゃない。あの子どもが、おまえたちの仲間じゃないことぐらい、おまえだって気づいてるんだろ? あれが悪しきものかどうかは別にしてもだ。おまえたちとは異種族だってことぐらい、見ればわかるじゃないか」
「それは……」
「だいたい、あれ以上、大きくなったら、おまえには養いきれない。今のうちに、手ばなしてしまったほうがいいんだ」
「そんなこと言って、あの子をどうするつもりですか?」
「今、魔法使いが調べてる。やつらは珍しい生き物のあつかいにも慣れている。まかせておいても安心だろう。もし、ニョロロンが悪しきものだったとしても、魔法使いなら、対処をあやまることはない」
ニョロは憤慨した。
「小隊長は悪しきものだった私を信じてくれたじゃないですか! なぜ、ニョロロンのことは信じてくれないんですか!」
そう言われると、そうだ。
異様な子どもではあるが、ニョロの言うとおり、悪しきもののような不快な感じはしなかった。
「まあ、なんにしろ、イジメてるわけじゃないから、心配しないで今夜は帰れ」
なだめすかして、追い帰すことに成功した。
ところが、大きなことを言って、うけおった翌日。朝早くから、兵舎にロリアンがとびこんできた。
「すいません。ごめんなさい。なぐってくださってもいいです。だから、ほかの男に血をあげないで!」
ウソ泣きしながら抱きついてくるので、お言葉どおり、ゲンコツをおみまいした。
「うるさいな! ていうか、おまえにだって、血なんかやらないよ。なんの用だ!」
「それがそのォ……逃げられました」
「はあ?」
「ですから、昨日のアレです。ケージに入れといたんですけどねえ。エサをやろうとしたら、こう、するっと……」
「するっとじゃない! この大バカやろう!」
「だから、すみませんって……」
「もういい。責めるのは、あとだ。今は、とにかく探すぞ」
「あとで、しっかり責めるんですねぇ……」
部下にも応援をたのんで、城じゅうをさがしまわったが見つからない。
「そうだ。父親のニョロのところに帰ったのかもしれない」
「ニョロだって、ニョロ。笑っちゃう」
「おまえ、かみ殺されても知らないぞ」
まあ、どんなにニョロの名前を笑いたおしても、ロリアンがかみ殺される心配はなかった。
裏庭へ一歩、足をふみいれたとたん、ぬけがらを持ったディアディンだけが、とつぜん発生した濃霧のなかに吸いこまれていったからだ。
気がついたときには、いつもの夢のような、そうでないような世界へ、迷いこんでいた。
広い庭をあてもなく、さまよっていると(なにしろ、来るたびに地形が変わる)、ちょうど、見まわりちゅうの双子とニョロに出くわした。
「あれ? 小隊長」
「なんで来たんですか?」
すると、そのときだ。遠くのほうで、さわぎ声が聞こえた。ディアディンたちは急いで声のしたほうへ向かった。
ディアディンにも見おぼえのある白ヘビ族の者たちが、城門近くに集まって、口々に怒鳴っている。
その中心に、一人の白ヘビの精が足にヤケドをおって、うめいていた。例の悪しきものにやられたのだ。
「しっかりしろ! ニョロット」
「あいつめ、今日こそは、しとめるぞ!」
「あっちへ行ったぞ。急げ!」
わあッと大勢で走っていく。
ディアディンたちも、ついていった。
なんとなく、そんな気がしていたが、追いかけていったさきに、いたのは、あの巨大な赤ん坊、ニョロロンだ。