薔薇戦争1

文字数 2,464文字





月光のしずくのように美しい長姫のまえに、二人の人間が立っている。

もちろん、長姫の眷族であるからには人ではない。魔物の化身だ。長姫の眷族にふさわしい華やかな二人だ。

一人は赤毛に赤いドレスの美女。
もう一人は銀色の髪に白銀のローブをまとった美女……いや、もしかしたら、こっちは美青年かもしれない。

今度の一族は誰もかれも、男と思えば男、女と思えば女のような、それでいて、どっちであっても、ひじょうに美しいものたちだ。

長姫のまえに立った二人は、その一族のなかでも、とびぬけて容姿にすぐれている。

「つまり、おれに、この二人のうち、どっちがより美しいか、選べというのか?」

ディアディンは困って、まわりを見まわした。
いつもの長姫の部屋には、二人の一族が押しかけていた。室内に入りきらないで廊下にあふれている。

やっかいな頼みごとをされてしまったものだ。

長姫の話によると、かれらは姫の眷族の一種族だが、種族のなかで、さらに四つの家系にわかれている。
ルビー、オレンジサファイア、シトリン、オパールの四家だ。

数年前に四家をまとめる種族の長を決めようということになった。
四家のなかでも、もっとも美しい者が長になるのがふさわしい——というところまでは、すんなり決まった。

が、あとがいけない。
ルビー家、オパール家の代表の二人が、甲乙つけがたく美しかったのだ。

以来、ルビー家とオパール家は、どっちが種族長になるかで、もめている。
争いは日ましに激化して、近ごろでは両家は、同じ種族でありながら、敵どうしのように反目しあっている。

「なんとか両家のいさかいをとりなしてください」

というのが、長姫のたのみだ。

しかし、そう言っているそばから、ルビー家とオパール家の家長が口ぎたなく罵りあう。

「うちの子のほうが気品があって美しい。凛とした、この気高さを見よ」
「なにを言う。ルビー家のほうが華やかで美しい。これこそ、われら種族に求められる真の姿だ」

どっちを選んでも、けっきょく、決着がつかないみたいなので、ディアディンは頭を痛めていた。

「まあ、待てよ。言いあらそっても解決しない。それより、おまえたちは本当におれが、こっちのほうがキレイだと言えば、納得するのか?」

「それは……まあ、このさい、第三者に決めてもらうのがいいというのは、両家とも意見が一致していますので」

口では言っているが、それは両家が、たがいに、自分のところの代表のほうが美しいと思っているからだ。相手のほうが選ばれれば、憤慨(ふんがい)するに決まっている。

「だいたい、種族の長を選ぶのに、なんで美しさでなけりゃならないんだ。強い者でも、賢い者でもいいじゃないか」

ディアディンの疑問には、そっけない返事が返ってきた。

「われわれは美しさをもとめられて生まれてきたからです」

そんなこと当然でしょうという顔だ。
当然と言われても、ディアディンのほうが納得いかない。強さや賢さなら、勝負してみれば、目に見える形で決着がつく。なまじ美しさを競うから、主観がまじって判定が難しくなるのだ。

「さあ、選んでください。われらのうち、どちらが美しいか」
「ルビー家か、オパール家か」
「赤か白か」

せっつくように、やいやい言われて、思わず本音がとびだした。

「誰が一番キレイかって、そんなの長姫に決まってるだろ!」

一瞬、あたりが険悪に静まりかえった。そのうち両家の人間から、じっとり、にらまれて、

「そんなことは、わかっています。ですが、今はわれら種族の話をしているんです」
「そうだ。そうだ。長姫は格が違うんです。何も長姫とくらべなくたって……」
「そんなことで、ごまかそうとしないで、早く決めてください」

よけい、うるさくなってしまった。

ディアディンは頭をかかえた。本当は耳をふさぎたいところだが、そんなことをすれば、さらに文句を言われそうなのでガマンした。

「わかった。わかった。たしかに、おまえたちは、みんなキレイだ。とくに、その代表の二人は、おれにも、すぐには選べないほど、ものすごくキレイだ。清楚(せいそ)な白もいいし、情熱的な赤もやっぱりいい」

今度はおとなしくなって、ディアディンの言葉に耳をかたむけながら、ふんふんと、うなずいている。
どうやら、美しさをほめられることが、なにより嬉しいらしい。ほめられているときの彼らの顔は酔ったようにウットリしている。すっかり機嫌も直っていた。

(意外と単純なんだな)

あつかいかたのコツがわかってきたところで、ディアディンはさぐりにでた。

長姫の眷族は、すべて何かの化身だ。今日の連中も、きっと、動物などの化身だろう。彼らの正体がわかれば、解決に役立つかもしれない。

「ところで、おまえたちの見目形が美しいのはわかった。でも、美しさにも、いろいろあるじゃないか。歌姫は歌っているときこそ美しいし、舞姫はおどっていてこそ魅力的だ。姿形で優劣つけにくいなら、ほかの美点で、きそってはどうだ? もちろん、姿の美しさも、ふくめて評価するとして。おまえたちの見ため以外の美点は?」

すると、そくざに、
「香りですね」
「うん。香りだな」
「われらは姿の美しさとともに、香り高いことでも、人間から愛されています」

たしかに彼らの体からは、香水とは違う、とてもよい香りがする。
それも、知らない香りではない。
わりと身近な香りだ。

(姿がよくて、香り高く、人間に愛されてるもの——)

ためしに手近にいたオパール家の娘(か息子)の手をとって、香りを吸いこむ。

すると、正体がわかった。

(バラだな)

まちがいようもなく、バラの花の香りだ。
彼らはバラの精なのだ。どおりで美しさに、こだわるはずだ。

(バラと言えば、砦では裏庭のガーデンだな。そのほかの庭は雑草と雑木しかない)

裏庭の庭師に知りあいがあった。バラの世話をしているのは、リヒテルという若い男だ。
あいつに話を聞いてみるかと、ディアディンは考えた。
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