薔薇戦争2

文字数 2,570文字


となると、どうにかして、この場はごまかさなければならない。

ディアディンに手をとられたまま、不安げにしている白バラの精に、にっこり、ほほえみかける。

「うん。高貴な香りだ」

白バラは、ぽっと頰をそめた。赤バラがムッとして、ディアディンに手をさしだしてくる。

「うんうん。あんたも、いい香りだ。これは難しいな。たしかに、どちらも甲乙つけがたい。しばらく待ってくれないか。次の満月のときに答えをだそう」

バラの精たちは、しょうがなさそうに、ディアディンの言葉にしたがった。

「まあ、よいでしょう。ひと月たてば、ちょうど春ですから」

「そうと決まれば、出ていってくれ。おれは長姫と二人で話がしたい」

ぞろぞろとバラたちが出ていったあと、やっとディアディンは、ひと息つくことができた。

「やつら、キレイなことはキレイだが、少し、うぬぼれがすぎやしないか?」

長姫は笑みをかえしてきたが、なんとなく、ヤキモキしているように見えた。
本当にディアディンが、うまく両家のケンカを調停できるのか、心配しているのだろうか?

「あんたとしては、やつらの種族長は誰でもいいから、両家の争いが、おさまればいいんだろ? だったら、おれは、その意思にそうように動くよ」

「はい。お願いします。われらは力の弱いものの集まり。同じ種族が争うなど、あってはなりません。われらを支配しようとする悪しきものたちに、つけいられてはなりませんから」

「うん。ところで、あんたに一族はいないのか?」
「わたくしは一人です。わたくしは、とても個体の少ない種族なのです」

「それじゃ種族がたえてしまうじゃないか」
「数は少ないですが、個人がとても長く生きますから」

ディアディンはさりげなく長姫のそばに立って、匂いをかいでみた。
やはり、この姫からも、かぐわしい香りがする。バラほど甘くはなく、涼しげで、高貴で、どこか切ないような香り。

おそらく、この姫も花の精なのだ。

今日のバラの精たちは、これまでのどの眷族より、長姫に近く感じた。ふんいきというか、気配そのものが。

(百花の王といわれるバラの精が、長は格が違うと言っていた。いったい、長姫はなんの花だろう?)

知りたいような、知りたくないような心地がする。
知れば、今、目の前にいる人の姿をした姫は消えてしまいそうな……。

「わかった。あんたの意向を聞きたかったんだ。今夜は帰るよ」
「よろしくお願いします」

なんとなく名残惜しげに、長姫はディアディンを見る。
ちょっと、すねたような目つきを見て、とつぜん、ディアディンは気づいた。

(そうか。姫も、花の精なら)

さっきから長姫の前で、ディアディンがバラたちばかり、ほめそやすので、ちょっとばかりヤキモチをやいたのだと。

ディアディンは笑って、長姫の目を見つめた。

「でも、やっぱり、あんたが一番、キレイだ」

頰をそめた長姫は、幼い少女のよう。





翌朝、昼すぎになってから、ディアディンは裏庭をたずねた。

裏庭は城主のためだけに栽培される果実や薬草があり、つねに出入りを見張られている。いっかいの兵士が入ることは許されていない。

だが、ディアディンは以前、裏庭で起きた事件を解決したことがあるので、特別になかへ入ることを許可されていた。
都の貴族の館のような、きらびやかなガーデンをうろつきまわっていると、リヒテルは今も、せっせとバラの世話に余念がない。

「めずらしいですね。小隊長が来るなんて。花には興味なかったんじゃ?」
「まあ、たまには」

「へえ。ほんとに、めずらしい。じゃあ、お茶にしましょうか。僕の作業を見てても、小隊長はタイクツだろうし」
「いや、いい。ふうん。もう、ツボミが来てるのか」

「ぼちぼち咲きますよ。庭師をしていて、一番、楽しみの時期ですね。今年はどんな花が咲くのか、今から楽しみで」

「バラは種類が多いんだろ? たしか、宝石みたいな名前の品種があったような……」

「あれ? よく知ってますね。この砦で改良した品種だから、あまり外には知られてないんだけど」

「……なに言ってるんだ! 前に、おまえが話してたんじゃないか」
「ああ……そうだったかな?」
「そうだよ」

まさか、おまえの育ててるバラから教えてもらったんだ、とは言えない。

「で、もう一回、教えてくれ」
「いいですよ。ほら、これがルビー。名前のとおり、真っ赤な花が咲きます」
「うん」

「こっちがシトリン、黄色の大輪。これがオレンジサファイアで、この白いツボミがオパールです」

やはり、思ったとおり、昨夜のあれは、バラの精だったのだ。

リヒテルはまだ一人で語っている。
「バラは香りがいいぶん、虫もつきやすいし、病気にもかかるし、世話のやけるやつらなんですがねえ。そこがカワイイっていうか。手をかけてやればやるほど、きれいな花を咲かせてくれますからねえ」

ディアディンは昨日のバラの精たちを思いだして苦笑した。

「かなり、たくさん本数があるんだな」
「さし木で、ふやしましたから」

「じゃあ、一つの品種は、もともとは一本の木か」
「そうです」

「ふうん。バラの家族だ」
「まあ、そんなとこです。本当は新しい品種も配合してみたいんですけどね。どうしてなんだか、ここの庭ではピンクのバラが咲かないんですよ。何度かけあわせても、タネにならなかったり、うまく苗になってくれなかったり、かれてしまったり……」

バラの精たちが赤と白で反目しあっているからだ。

「なあ、リヒテル。おまえは、どの品種が一番、キレイだと思う?」
「むずかしいなあ」

リヒテルは栗色の髪がドロだらけになるのもかまわず、かきまわした。

「やっぱり、ルビーかなあ。赤はバラらしいバラだし、でも、華やかななかにも奥ゆかしさのあるオパールもすてがたいし……シトリンやオレンジサファイアにも、それぞれ、いいところが。でも、そうだな。今年こそ、ルビーとオパールのかけあわせが、うまくいって、かわいいピンクの花が咲いたら、それが一番、嬉しい」

「……おまえの言葉なら、やつらも納得するだろう」
「えっ? 何が?」
「いや。ジャマして悪かった」

リヒテルは首をかしげている。

が、このあと、どうやって話を運んでいくのかという考えで、ディアディンの頭のなかは、いっぱいだ。
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