月は満ちて5

文字数 1,829文字


その日のうちに、ディアディンはレイグルに会いにいった。

レイグルをひとめ見て、異変に気づいた。女の子みたいだった顔が、げっそりやつれて、目の下に濃いクマができている。

「やあ、小隊長。もうすぐ、あんたに頼まれた絵ができるよ。自分で言うのもなんだが、いい出来だぜ」
「その話だが、いますぐ、あの絵筆、かえしてくれ」

言うと、とたんに、レイグルの顔つきが険悪になった。もともとレイグルは気が荒いが、ちょっと怖いくらいの剣幕だ。

「いまさら、なんでそんなこと言うんだよ。描けって言ったのは、あんただろ。もうすぐできるのに。すごく、いい出来なのに。おれの傑作なんだ。あれが仕上がれば、俺は一流の宮廷画家になれる!」

かんぜんに絵筆の魔力にとりつかれていると見た。ここで責めても、ますますレイグルをかたくなにしてしまうばかりだ。

「ああ、おれが悪かった。おまえに才能があることは知ってたが、それほどの出来なら見てみたいな」

レイグルは上目づかいに、ディアディンをうかがう。

「そんなこと言って、絵筆をとりあげる気なんじゃ……」
「絵のできによっては、あれはおまえにやってもいい。やっぱり剣は戦士が、絵筆は画家が持つにこしたことはない。才能があるやつが役に立てるべきだ」

ウソ八百をならべて、おだてあげると、どうにかレイグルは承知した。

「うん。じゃあ、そこまで言うんなら……」

レイグルが案内したのは薄暗い物置だ。

「あいつが人に見られないようにして描けって言うんだ。おかげで昼でもロウソクがいるから、こまるんだよな。ロウソクも上等の絵の具も、必要なものはなんでも持ってきてくれるから、まあ、いいんだけど」

何を言ってるんだと思ったが、絵を見るまではとガマンする。

「あんたは好きに描けって言ったから、別にかまわないだろ? あの筆で、ほかのやつの注文を受けたって。いや、もちろん、あとまわしになってしまったが、あんたの絵もほとんど、できてるんだ。あとは仕上げをちょっとだけ——」

いやな予感がする。
レイグルは似顔絵を描いて日々の稼ぎにしている。
だとしたら、レイグルの受けた注文は肖像画のはずだ。
長姫に、それだけはしてはいけないと言われた……。

「早く見せてくれ。レイグル。その絵を」

物置のかたすみに、白い布をかけたキャンバスがある。
レイグルがその布に手をかけたとき、ディアディンたちの背後に影が立った。

「ひさしぶりだな。小隊長」

その声を聞いて、ディアディンは背すじに、ゾクリと悪寒が走った。

そんなはずはない。
彼はたしかに死んだはずだ。
ディアディンがこの手で炎になげいれ、灰になるところを見たのだから。

だが、ふりかえると、そこにあの男が立っていた。
ディアディンが倒したはずの、絵のなかの男が。
妖しいまでに美しい、あの黒髪の男が、金緑に燃える目を薄暗がりに輝かせている。

「バカな。おまえの本体は焼いたのに」

「ああ。そうだよ。君は残酷な男だ。これほど芸術的美にみちた私を灰にしてしまうとは。あやうく消滅してしまうところだった。レイグルの意識に働きかけ、新たに私を描かせなければ、まもなく私の魂は消えていたろう。レイグルはじつに才能あふれる画家だ。おかげで、こうして以前と同じ姿で復活することができた」

絵のなかの男はゆっくり近づいてきて、ディアディンの肩に手をかけた。

「そなたのせいで、わが一族はすべて灰となった。かわりに、そなたが仲間になるのだ。そなたは強い。才知にもたけている。そなたのような男こそ、わが一族にふさわしい。私の配下となり、永遠の忠誠をちかえ」

ねっとりと吸いつくような指の感しょくが不気味だ。
ディアディンは、それをふりはらおうとするのだが、急速に力がぬけていき、動くことができない。

「動けないだろう? わが一族は、最初に描かれた者が長となり、すべての配下をみずからの手足のように動かすことができる。そなたは私にさからうことはできぬ」
「なぜだ。そんな……」

ディアディンの問いを、男は一笑する。

「見せてやるがよい。レイグル。そなたの一世一代の傑作を」

レイグルは言われるままに、白布をとりはらった。
キャンバスにえがかれていたのは、黒髪の物憂い目をした少年——ディアディン自身だ。

今にも動きだしそうに、生き生きと描かれている。
ディアディンの魂が、そのまま、そこに吸いこまれたかのように。
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