食いしん坊なオバケ3

文字数 2,256文字



翌日——

目をさましたディアディンは、半信半疑ながら、魔法使いたちのいる司書室へ行った。

砦の魔法使いの仕事は、司書と、病人やケガ人の看護だ。

魔法使いは、みんな変わっているが、ディアディンの友人は、きわめつけの変人だ。友人と言うのも、(はばか)られる。あれが友人というだけで、ディアディンの品位まで疑われかねないからだ。
だから、ふだんは人に紹介するとき、友人ではなく知人と言っている。

「来ました。来ましたよォ。ディアディンの匂いがする」

ディアディンが司書室の扉をひらいた瞬間、ブツブツ言いながら、灰色の毛布のようなものが、かぶさってきた。

いつものことだが、どうしても、なれることができない。
灰色のヒルみたいなものに抱きつかれて、体じゅう、なでまわされるのは、どんな人間だって、なれないはずだ。

「あいかわらず、ぴちぴちですね。この若い体、私に預けなさい」
「やめろッ、離せ! 〇〇〇〇(自主規制)クラゲ! バカ毛布!」
「うーん、〇〇〇〇クラゲは今までのパターンだけど、バカ毛布は新しいですね。メモしとこう」

毛布に見えたのは、灰色の司書の制服をきた人間だ。かぶったフードの目のところだけ、くりぬいてある。

これが変人の友人のロリアンなのだが、これでも、いちおうフードをはずすと、えらく美形だ。
誰にでも魔法を使えるように、魔力をこめて造られた魔法具の研究が専門だ。そのための実験材料(ディアディン)を、いつも、つけねらっている。

「おい、ロリアン。おまえ、なんのためにメモなんかしてるんだ」
「それは、あなたが私をたよってきたときに謝らせるためです。そんなときしか謝ってくれないでしょう」

「なら、最初から抱きついてこなせりゃいいんだ」
「抱きつかないと、体調をはかれないじゃないですか。体温とか、血圧とか、筋肉の弾力とか……」
「はからなくていい」

「こんなに若い素材は砦じゃ、めったに手に入らないんですよ。しかも、生きてる! 死体は、いくらでもあるんですがねえ。いいかげん、あなたの血を私にください。あるいは髪の毛とか、そりゃ、もちろん、片腕くらい貰えたら豪勢ですけど……なんなら、口では言えないところでも、けっこうですよ」

これだから、こいつに相談するのはイヤなんだ。まともな会話にならない——

「おい、亡霊を成仏させるには、どうしたらいい?」
「ええと……〇〇〇〇クラゲ。バカ毛布」

「霊ってのは、食堂で調理人をしてたドーンだ。ウワサは聞いてるだろ」
「男のケツを追いまわす〇〇〇〇(自主規制)ヤロウ——失礼な。私は女だって好きだ。男女問わず、人間は貴重な実験材料」

「……そのドーンがな」
「クズ。金魚のフンのくさったやつ。妖怪吸盤男ってのもありましたね。役立たず。魔術師のはしくれあたりは、まあ、ふつう。あッ、ちょっと、これ、ヒドイんじゃありませんか?」

黒革の手帳を見ながら、とつぜん、叫ぶ。
「すえた運河のドブ泥悪魔——って、ヒドイ! いくら私でも、これは傷つきますよ」

ガマンの、限界をこえたディアディンは、こぶしをにぎりしめた。

「もっと言ってやろうか? この〇〇〇〇腐乱死体! 存在が汚染物質! 地獄で生まれたタコとナマコのあいのこ!」
「痛い……心が痛い……」

「ウソつけ。いいから、さっさと答えろよ。ドーンの霊を成仏させるには、どうしたらいいんだ」
「人には、ものを頼む態度ってものが……」

まだグズっている。
ディアディンは、とっておきの手をだした。

「ほかの魔法使いに聞くぞ」
「それだけは、やめてくださいッ。あなたの若い血が、肉が……私以外の魔法使いに……」

おののいたようにとびあがって、ロリアンは正直に答え始めた。

「私たち魔法使いなら、霊じたいを封印することができますが……成仏というのなら、やはり、霊の未練をなくすべきでしょう」
「ふうん。普通だな」

「ドーンって、あの食いしん坊ドーンですか?」
「あいつの食い意地は、魔法使いにも知られてるのか」

「そりゃもう、伝説ですよ。だって、彼、死にぎわに『焼肉、食いほうだい!』って言ったんですよ。あんな死にかたもあるんですねえ」

なにやら、ロリアンにまで哀れまれているところが哀れだ。

「とすると、やっぱり死ぬ前に、焼肉を腹いっぱい食いたかったってことか?」
「さあ、どうでしょう」

「ドーンのことだから、食いもの関係だとは思ってたんだが……そんな願い、死んでから言われても、どうしたらいいんだ」

「おそなえして、供養でもするしかないんじゃないですか?」
「まあ、そうだな。やるなら、やつの霊がでる夜中か。まかない長に相談してみよう」

この国境の砦の食糧は、国内から輸送隊が運んでくる。死人のために何人前かの肉料理は、むりのある相談だ。
が、カンシャク持ちのまかない長は、意外にも、あっさり承知してくれた。といっても、喜んでというわけではなかったが。

「ドーンのやつめ。生きてるうちは、おれの目を盗んで、つまみ食いばっかりしてたくせに、死んでまで手を焼かせる。これ以上、たたられたんじゃ、こっちも仕事になんねえから、しょうがねえ。肉は出しますがね。小隊長」

やせぎすな、まかない長は、あまり調理人らしくない。

こういう男が指揮をとるから、ああいうダイナミックというか、おおざっぱな料理が食堂にならぶのだろう——

と、ディアディンは、おなじみの生煮えの野菜スープ(あるいは、こげた魚、カチカチのパン、からすぎる骨つき肉のロースト)を思いうかべながら考えた。
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