審理の門1

文字数 2,446文字




「ニョロです」
「ムニョロです」
「ウニョロです」

目の前にならんだ三人を見て、ディアディンは言葉を失った。

いつものように、満月の誘いを受けて、長姫の部屋へ来たはいいが、また、おかしなことをたのまれてしまった。

長姫の眷族(けんぞく)は種族ごとの容姿が似ていて、あまり個体差がない。

たとえば、ハツカネズミの精は、全身が白いアルビノ。シルバースター族は、ひたいに星のような白い羽毛のあるカラス——といったように、種族の外見が統一されていて、人間に化身しても、それは変わらない。
同じ一族の者は、やはり同一の身体的特徴をもって、顔形も似ている。

しかし、それにしても、いま目の前にいる三人は、まったく見わけがつかない。瓜二つ——いや、瓜三つだ。

この一族もアルビノだが、小柄で丸っこいスノーホワイトと違って、すらりと背が高く、細身で、動きに独特のしなるような柔軟性がある。

長姫たちが悪しきものと呼ぶ、邪悪な魔物の気配はないものの、少しばかり——あくまで少し、ディアディンは苦手な気がした。

「おや、小隊長は、われらが苦手なんですねえ」
「うんうん。そういう人間は多いから」
「べつに、かんだりしないのに」

声をそろえる三人を見て、ディアディンは長姫に訴えた。

「ムリだ。いくらなんでも、このなかから一人だけニセ者をえらべだなんて」

「ああ、やっぱり、小隊長にもムリですか」
「もしかしたらと思ったのに」
「ねえ」

答えたのは、もちろん長姫ではない。やたらニョロニョロした名前の三人だ。

「だいたい、なんだって、こんなことになったんだ?」
「ああ、それはですねえ」

かわるがわる、三人が話してくれたことによると、こうだ。

彼らは、もともと双子だった。
親兄弟でも区別がつかないほど、よく似ていた。

ところが、ある朝、めざめてみると、なんと、双子が三つ子になっていた。
そのうち一人がニセ者だということは、はっきりしているのだが、どうしても、それが誰なのか見わけられない。
両親はもちろん、親せき、友人、恋人、誰にもわからない。本人たちにさえ、わからない。

それで困って、ディアディンに相談することになった。

「ちょっと待て。おれに相談しなくたって、名前でわかるだろ? とつぜん三人めが現れる前から、双子には名前がついてたはずだ」

「それは、そうなんですけど、思いだせないんです。僕は絶対、本物ですから、ニョロは正しいんです。けど、もう一人がムニョロだったか、ウニョロだったか……」

「なにを言うんだ。僕だって本物だ」

「いいや。僕が本物なんだ。だいたい双子らしいっていうなら、ムニョロとウニョロじゃないか。ニョロだけ仲間ハズレだ。ニョロが本物だなんて、どうして言えるんだ」

「ムニョロニョロって言うじゃないか。なら、ニョロとムニョロが本物だろ?」

「ムニョロニョロというくらいなら、ウニョロニョロだろ? ムニョロとはかぎらないよ」

わけがわからない。

「もういいから、ニョロニョロ言うのは、やめてくれ。ますます頭がこんがらがる」
「ニョロニョロなんて言ってませんよ」
「ニョロニョロは僕らの父の名です」
「ちなみに母はニョロリ」

ディアディンは両手で耳をふさいだ。これ以上、ニョロニョロは聞きたくない。

(こいつら、ミミズかウナギの化身だな? ニョロニョロ、ニョロニョロ言いやがって)

深呼吸して、気持ちをおちつける。

「それで、見わけるための手段はないのか? 双子にだけできる特技とか」
「そんなもの、ありません。自分で言うのはサミシイですが、僕ら、平凡なんです」

「双子にだけ共通する思い出とか」
「それが、いくら話しあっても、双子の知ってることは、三人とも知ってるんですねえ」

「まさかと思うが、おまえたち、最初から、そういう種族なんじゃないのか? ある日、とつぜん、分裂して増えるとか」

三人は憤慨した。

「そんなバカなこと、あるわけないじゃないですか!」
「僕たちだって、ちゃんと卵から生まれてきます」
「小隊長、非常識ですよ」

現に三匹に増えてるくせに、非常識も何もない。第一、人間は卵からは生まれない。

「ああ、もう。わかったから、やいやい言わないでくれ。それで、けっきょく、二人が三人になって、困ることがあるのか?」

「今のところないですねえ」
「僕ら、気があうし」
「二人より三人のほうが、見まわりもラクだし」

じゃあ、そのままでいいじゃないかと、ディアディンは思うのだが、

「でも、もうじき、僕ら、結婚するんですよ」
「フィアンセの名前は、ニョロラン」
「先月のパーティーで、おたがい、ひとめぼれしまして」
「美人なんですよ。ニョロランさん」

新しいニョロが出たところで、ディアディンは、またパニックだ。

「だから、ちょっと待て。どうして、おまえらは双子なのに、フィアンセは一人なんだ?」

「いやですねえ。女の子が、たくさんの夫をもつのは常識じゃないですか」
「美人の女の子ほど、多くの夫をもつのはステータスですよ」
「そのほうが卵だって、たくさん生めるし」

「あ、待て、待て。聞いたことがあるぞ。人間は一人の男が何人もの女を妻にするんだって」
「うわ。野蛮」
「貞操ってものがないのか。信じられない」

本気で頭痛がする。

「……ああ、もう、おれの国じゃ、一夫一妻制だとか、反論する気もおきない。それなら、二人が三人に増えても、大差ないじゃないか。いっそ三人とも美人のニョロコと結婚しちまえよ」

「ニョロランです」

いっせいに三人が、ディアディンをにらむ。

「そうしたいところなんですが、もともと三つ子だったならともかく、急に一人ふえた双子なんて、気味が悪いって、ニョロランさんが言うんです」
「誰がニセ者かわかるまで、結婚なんてできないって」
「助けてくださいよ。このままじゃ、愛しのニョロランさんと結婚できない」

おがみたおされて、ディアディンはあとずさった。

話しながら、すぐ舌をペロペロするし、彼らのことはどうも苦手だ。
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