約束3

文字数 2,022文字


ディアディンは悩んだ。
ここは素直に、ありがとうと言わなければならないのだろうか。
しかし、それをすると、あとで、ものすごく困った立場に追いこまれそうな気がする……。

というわけで、折衷(せっちゅう)案をとった。

「礼は言うが、ジャマはするな。おびえてるぞ。その男」

「なんと言われても、ヘッチャラなんですよぉ。だって、ディアディンに貸しを作ったんですからねェ。はっはーッ。今に目にもの見せてくれる。まず、かんたんに採取できるツメと髪は必須。そのあと、だ液で、血液は、どこまでしぼりとれるかなあ? ああ、それから、体に刃物を入れるかどうかは要相談で、あり? ありですか?」

くるくる踊りながら去っていった。

「バカは、ほっといて話をしよう。ネールが砦を去るまえ、この時計のことで何か言ってなかったか?」

人間だか(変人だか)バケモノだかもわからない、灰色の物体にひっぱりまわされて、どんなめにあわされるかと、青年は案じていたらしい。ディアディンの顔を見て、ようやく生きた人間の顔色に戻った。

「自分は何も聞いておりません。もうしわけありません」

正規隊らしい、きまじめさで応答する。

「そうか」

落胆するディアディンを見て、青年は一瞬、口をひらきかけた。しかし、正規隊では階級の差別化がきびしい。一兵卒が上官に意見するなど、あってはならない。それで遠慮したらしい。

「今、なにか言いかけたな? 言ってみてくれ。おれの役に立つかもしれない」
「あッ、はッ——しかし……」
「早く言わないと、さっきのやつを呼びもどすぞ」

青年は、ただちに白状した。

「はッ。ネールが帰郷したのち、入れ違いにネールあての手紙がまいりました。自分があずかっておりますが、いかがいたしましょう」

「誰からの手紙だ?」
「あて名の文字が見づらく、判然といたしません」

「このさいだ。持ってきてくれ。手がかりが、つかめるかもしれない」
「はッ」

青年は競歩みたいに廊下を歩いていって、競歩みたいに帰ってきた。手に一通の封筒を持っている。わりに大きい。しかも手渡されたとき、予想以上に重みがあった。

「変だな。ただの手紙にしては、重すぎる……」

ディアディンは気になって、封を切った。なかから、布にくるんだ歯車が一枚でてくる。

「これは……そうか」

ネールは柱時計を自分の手で修理するつもりだったのだ。

「ネールはこの柱時計を気に入ってたんだな?」
「はッ。朝夕に話しかけておりました。自分にはわかりかねますが、いい出来のようであります」

まるで友人のように話しかけて大切にしていた。直してやるつもりだったが、急な帰郷でそれができなくなった。

「ネールの実家の住所を知ってるか?」
「知りません」
「ありがとう。もう行っていい。この歯車は、おれがあずかっておく」

青年と別れて、ディアディンは本丸四階へ急いだ。
兵士の名簿は城主の伯爵のもとで保管されている。ディアディンは親衛隊長のアトラーに、名簿を見せてもらった。
そして、その日のうちに手紙を書き、文使いに頼んだ。
返事が来るか、本人が来るかと心待ちにしてたのに、返ってきたのは、思いもよらない内容の手紙だった。

次の満月の夜、ディアディンは、いつもの誘いが憂鬱(ゆううつ)だった。
こういうことを告げなければならないのは、損な役まわりだ。できれば、すっぽかしたいくらいだが、今でもケナゲに待ってるジイさんの気持ちを思うと、そうもいかない。

「ショ、ショウタイチョウ。三度めのマンゲツです。長老、を、なおしてください」

カタコトの人形みたいなハト時計の精(こいつは兵士の食堂にかかってるやつだろう)が迎えにきて、ディアディンはつれられていった。

長老はあいかわらず、死んだふりをしている。

「あんたは聞きたくないかもしれないが、長老。おれの言うことをよく聞いて、このまま眠りつづけるか、それとも、あきらめて起きてくるかは、あんたが決めればいい」

そう前置きして、ディアディンは本題に入った。

「あんたはネールと約束したんだな? いや、ネールが、あんたに約束したんだ。あんだか動けなくなったとき、かならず自分が直してやるからと、ネールは言った。
あんたは毎日、話しかけてくれるネールを、心からの友達だと信じてた。ところが、そのあとすぐ、ネールは砦からいなくなってしまったんだ。急なことだったらしいから、あんたに別れのあいさつができたかどうかも、わからない。でも、もしネールが『悪いが、あの約束は果たせなくなった』と告げていれば、あんたはあきらめがついたはずだ。ここまで強情は張らなかっただろう。
あんたは待った。ネールが来て、あんたを直してくれるのを。砦を去ったという人のウワサを聞いて、あるいはネールはウソをついたんじゃないかと、考えることもあったかもしれない。が、あんたは、ネールを信じると、心に固く決めていた。そういうことなんだろう?」
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