ためらい2

文字数 1,632文字


というわけで——

「お気をつけて。長姫。かならず帰ってきてくださいよ」
「小隊長。長をお守りしてください。たのみましたよ」

ディアディンと長姫は、心配げな眷族たちに見送られ、二人きりで城をでた。

長姫たちの住処は、現実の砦とは微妙に違うところらしい。だから、城門を一歩でると、見たこともない風景が広がっていた。

満月の光がてらすのは、まるで、おとぎ話のさし絵のような世界だ。

真珠色の木々の並木道。
夜空にうかぶ、ひとすじのリボンのように、白い石畳が輝いている。
並木道のむこうには、ガラス細工のように花びらのすきとおった花が咲きみだれていた。
ふわふわ飛んでいるのは蛍だろうか。あんがい、妖精かもしれない。

(そうだったな。こういう乙女チックなのが、長姫の趣味だった)

今でも、やっぱり絵本が好きなのだろうか。
少女のままの純真な心を失ってはいない、長姫だから。
まあ、だからこそ、長姫の世界は、長姫の世界として存在しているのだろう。

ディアディンは片手にランタン、片手に長姫の手をとって歩き始める。

「このあたりは、わたくしの領内です。じきに景色が変わります。そこから先は、ほかの種族の領土です。良きものもいれば、悪しきものもいますが、道中で襲われることはないでしょう。今夜、わたくしが人質になることは、知れわたっていますから。魔道の怒りを買うようなことはいたしません」

そう言う長姫を見て、ディアディンは申しわけないが笑ってしまった。

「それはいいが、ほかの種族の領土に入ったら、あんたは喋らないほうがいいな。せっかくの作戦も水の泡だ」
「そんなことはありません。わたくしだって、やればできます」
「そうだといいけど」

こんなときだが、ムキになっている長姫がカワイイ。

しばらく歩いていくと、木立ちはとだえ、草原になった。青々と茂るやわらかな草が、風にうねる。

さわやかなハーブの香りに迎えられて、二人が歩いていくと、ひづめの音が近づいてきた。みごとな体つきの葦毛(あしげ)の馬がかけてくる。見るからに、王侯貴族の乗るような名馬だ。

「そこにおられるのは、月のしずくさまではありませんか?」

この世界では、馬が口をきくことぐらいで驚いてはいられない。

「そうです。あなたは?」

言葉少なに答えると、馬はディアディンたち二人に礼儀正しく頭をさげた。

「はじめまして。よく走る民の一人、(あし)の速足ともうします。これから魔道の塔へ行かれるのですね。つきましては、私を同行させてくださいませんか? 見れば、人間の戦士を一人つれただけ。さぞ、お心細いことでしょう」

いらんお世話だとディアディンは思ったが、ここは、しかたなくガマンしておいた。

「おっしゃるとおりです。でも、なぜ、同行したいのです? 魔道は誰もが恐れる悪しきものです。それを承知で同行とは……あなたの真意がわかるまで、信用できません」

相手が何者なのかわからないので、ひとまず、さぐりを入れてみた。すると、こういう答えが返ってくる。

「じつは、われらの長が、魔道の塔に囚われているのです。一族の力自慢が何人も助けに行ったのですが、誰一人、帰ってきません。かくいう私の兄も、その一人です。このまま、見すごすわけにはいきません。今夜は私が、まいります。道中、お見かけしたので、お困りのことがあれば、ごいっしょにと思ったのです」

ディアディンが見ると、長姫はうなずいた。いちおう、悪しきものではないようだ。

「わかりました。同行しましょう」

ディアディンが言うと、アシの速足は、うやうやしく、ディアディンの前に背中をさしだした。

「どうぞ、お乗りください」

ディアディンは苦笑した。

(おれじゃなく、長姫に言ってるつもりなんだろうな)

そう思うと、勘ちがいが、おかしくてならない。

しかし、この姿では、しかたない。
さきほど、長姫にこの策を聞かされたときには、ディアディン自身も驚いたのだから。
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