月のしずく2

文字数 1,614文字


「そうと決まれば、今日は帰ったほうがいいな。家はどこだ?」

ところが、少女はまだ納得しない。

「エルフの丘へ行ってみたいの。この森のまんなかにあるんですって。そこは月光の差す、とてもキレイな場所で、満月の夜にはエルフたちが輪になって踊るんだって、昔から言われてるの。ああ、でも、こんなこと、妖精のあなたには説明する必要もなかったわね」

「おれは妖精では……」

「ウソ。そんな変わった服をきてるのは、妖精だけよ。中世のお芝居みたい」

ここは時代が違うから、どうも服の流行が異なるようだ。

(ということは、迂闊(うかつ)にこのカッコで街を歩けば、とんだ笑い者か)

言語の違いはさしてないのか、それとも長老の魔法で補われているのか。
時間旅行というのは、はなはだ、めんどうなことが多いらしい。

「まあ、それについては深く聞かないでくれ。こっちにも、いろいろ事情があるんだ」

すると、少女は目を輝かせた。

「わかってるわ。正体が人間にバレたらいけないのね。わたし、もう言わないから。じゃ、あなたのことは、通りすがりの王子さまだと思っておくから。ねえ、王子さまは白馬に乗ってないの? わたしをエルフの丘まで、つれてってよ。つれてってくれるまで、おうちには帰らない」

「強情なやつだな。しょうがない。また一人で行こうとして倒れられても困る」

ディアディンは少女のかぼそい体をかかえあげた。
七つか八つか、あるいは十さいくらい?
病弱な少女は、悲しいほど軽い。

「エルフの丘は、どっちだ?」
「この奥よ」

少女の指さすほうへ歩いていくと、ほどなく森のなかのひらけた場所にでた。ゆるやかで小さな丘が中心にあって、ここも季節の花が咲きみだれていた。
子猫がうずくまったような丘の形を見て、ふっとディアディンは疑問をいだく。

(なんだか、ここの形、砦の裏庭にある丘に似てるな)

そんなはずはない。
砦のある国境の森は、何千年も前から人間の立ち入ることのできない魔の森だった。 数百年前までは、それこそ原生林だ。
決して、こんな少女が一人で歩いてこられるような場所ではなかった。

(森の景色なんて、どこも似てるしな)

似てるだけの別の場所だろうと、ディアディンは考えた。

「さあ、ついたぞ。もう満足だろ? 家に帰ろう」

少女は、ほっぺたをふくらませる。

「せっかく来たんだから、もっとよく見てみたい。あそこにおろして」
「やれやれ。わがままなお姫さまだなあ」

言われたとおりに、丘の頂上に少女をおろした。
少女はそこに寝ころんで空をあおいだ。

「気持ちいい。あんなに早く雲がながれてく。ここなら晴れた日には、いつでも月が見えるわね」

ディアディンもマネして、少女のとなりにあおむけになった。

「そうだな。いい風が吹いてる。妖精が踊るかどうかは知らないが、月光のなかでは神秘的だろうな」
「よかった。ここなら、よく眠れそう」
「おいおい、昼寝に来たのか?」

少女は答えず笑っていたが、急に別のことを話しだした。

「大好きな、お話があるの。病気の女の子が花の精になって、冒険する物語よ。最後には、妖精の国の王子さまと結ばれるの」

それで、ディアディンを妖精の王子だとか言いだしたわけだ。運動規制されてるから、そのぶん想像力が豊かなのだろう。

「だから、自分も冒険したくなったのか?」
「うん。そしたら、本当に王子さまが来てくれた」

おずおずと、ディアディンの手をにぎってくる。

ディアディンは小さな手をにぎりかえした。
初対面の男に、こんなに、なついて、無防備だなとは思うが、したわれれば悪い気はしない。
ずっと昔、元気だったころのミュルトを思いだす。

(治る見込みのない病気にむしばまれた少女。この子は、いずれ近いうちに、死ぬのか……)

これ以上、愛着がわく前に別れておくべきだ。
でなければ、忘れられなくなる。
悲しい思いをするのは、もうたくさんだ。
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