第81話 写真

文字数 2,589文字

 夜明けを知らせる陽が昇り、闇夜は白い光で霧散されつつある。
 朝靄が街を包み、鳥達のさえずりが朝を知らせる。

 宿屋で朝食を取るために、一階の食卓にミュラーは座るが、非常に居心地が悪かった。
 先客の女性陣、特にクロエとアーペルの態度は凄まじかった。ミ
 ュラーが食卓に訪れた途端、仲良く会話してたのを中断し、ヒソヒソと話し始めた。
 ゴミを見るような目でミュラーを一瞥し、聞こえる声で、陰湿な悪口を始める。

「風俗狂いの狼がきたぞ」
「素敵な朝食がぶち壊しね」
「新婚早々に浮気とは信じられないな」
「気をつけましょう、視姦されるかもしれないわ」
「いや、隙を見せたら乱暴をするかもしれない。奴には見張りをたてろ」
「汚らわしい、汚らわしいわ」
「孕んだらどうしよう」

 ミュラーはあまりの居心地の悪さに立ち去ろうとしたが、宿屋の店主が呼び止める。
「向こうのベッピンさん達からのおごりだぜ」
 ミュラーの目の前に出されたのは犬の餌だった。 
 独特の臭い匂いが鼻をさす。

 これを食べろと言うのか?

 さらにミュラーに聞こえる声で
「発情した犬にお似合いのご飯ね」
 クロエの言葉に、甲高い嘲笑が湧き起こる。
 オルマもフェンディも腹を抱えて笑っていた。
 ミュラーも言い返したかったが、弁解の余地は無い。
 あの四人の女達が自分の嫁に密告することをただ恐れていた。
 ミュラーは犬の餌をどかし、パンと紅茶を注文した。
 宿屋の店長は若干同情しながら、ミュラーの朝食を届けた。

 するといつの間にかミュラーの隣には長身痩躯の人間がいた。
 細身な上に中性的な顔立ち、髪もクロエのように長髪で男か女かもわからない。
 歳の頃はミュラーと同じか、少し上かもしれない。
 不思議な佇まいをしていた。
 ミュラーが知らない服を着ていたので外国人なのだろう。
 その人物が爽やかな笑顔でミュラーに話しかける。
「やぁ、ずいぶん友達に好かれているんだね」
 ミュラーは声でこの人物が男だとわかった。
 しかし青年の言葉は頂けなかった。
「そう見えるか?」
 青年はオルマ達の方を少し向いてから、再びミュラーに話しかける。
「好きの反対は無関心さ。彼女達は犬の餌をくれるだけ、君には関心を持ってるのさ」
ミュラーが無言を貫くと、青年は続ける。
「蒼き狼の若い頃に会えるなんて感激だなぁ。あ、記念に写して貰ってもいいかな?」
 ミュラーは青年の言葉の意味がわからない。
 だが青年は人差し指をくるりと回し、それを持っていた手帳にもなぞらえるように指を差す。 
 すると、ミュラーの顔が手帳の紙に写された。
 鏡に映ったかのように手帳の紙の上にミュラーの顔が写し出されていた。
 一瞬、驚いたミュラーだったが、すぐにこの青年が魔法使いだと悟った。
「これは投影魔法なのか? 結界魔法のように光の反射を利用した原理だが、手帳に写したとなると付与魔法の原理にもなるな。興味深い」
 青年はニコニコしながら答える。
「君は理解がいいね。投写魔法はまだ発明されてないはずなのに。まぁとにかく君たちのマスターって呼んでるブシュロンに頼まれて来たんだよ。記念に残しておけるものが欲しいというからさ。写真なんて素敵だと思ってさ」
ミュラーはどうやら自分の知らない民間魔法が世には沢山あると思った。
 そもそもこんな魔法、何の役にも立たない。
 ミュラーはその時はそう思った。
 青年も出立からして魔法学者か研究者の類だろうと思った。
 青年が手を差し伸べて握手を求めるた。
 ミュラーはついその手を握る。
「僕はクラムボン。退屈凌ぎにここに来たんだ」
 青年の純粋無垢な笑顔に不思議な感覚に陥ったミュラーだったが、手を強く握り、名乗る。
「ミュラーだ。戦争でこの国に来た」
 ミュラーの言葉に少し寂し気な顔をしながらも、すぐにニコニコした顔を戻した。
「戦争かぁ。君には友達の死をどう受け入れられるか、楽しみだなぁ」
 青年の不吉な言葉に、ミュラーは鼻で笑って返す。
「戦死は名誉なことだ。第一俺がみんなを死なせない」
 ミュラーの強気な発言に、青年は微笑し、ニコニコと笑う。
「まぁ君は死なないから、安心してね。おっと依頼人が来たみたいだ」
 青年が宿屋の階段の方を見ると半裸のブシュロンが欠伸をしながら、みんなに声をかける。
「おや、便利屋さんがきたか。これからみんなで宿屋の前で集まるぞ。ミュラー、ジラールとデルヴォーを起こしに行ってくれ」
 ジラールに言われ立ち上がるとすれ違い様に青年が囁く。
「君にとって大切な写真を撮って上げるよ……」

宿屋の前で集合したみんなに青年は指示する。
「背の低い女の子は前に、男性は後ろに。あと、もっと全員寄ってくれないかな、肩を抱き合う感じで。あと、顔は笑顔がいいよ」
 みんなが青年の指示通りに動き、ぎこちない笑顔を作る。
 青年はくるりと指を回し、その指を紙に転写する。
 そこにはみんなが揃った姿が写し出されていた。
 思わずフェンディが声を弾ませる。
「凄い! 魔法みたい!」
 青年は苦笑いをする。
「いや、魔法だよ? 遠慮せずに、一人一人写すよ。これも記念だからね」
 青年の魔法に気に入ったみんなは列を作って、紙に転写された自分の姿を好奇な目で見る。
 青年は爽やかな笑顔をしていた。
「みんな喜んでくれて、僕も嬉しいよ。ああ、そうだ。君達には別に集合写真を撮って置きたいな」
 青年に指名されたのは、ミュラー、ジラール、オルマ、クロエだった。
 あからさまにクロエとオルマは嫌悪の顔を見せるが、青年が説得する。
「大事な写真になるはずだから、頼むよ。君達、本当は仲良いだろう。仲直りしようじゃないか。この写真で」
 青年の懇願に負けて渋々クロエ達は承諾する。
 四人で揃い、それを写真に収める。
 青年はそれを一枚一枚手渡した。
 ミュラーに写真を渡した時、妖しい笑みを浮かべて囁いた。
「この青春の一枚がいつか君を生かすよ」
 青年の忠告にミュラーが振り返ると、青年は片手を上げて、立ち去ってしまった。

 当時のミュラーにとってそれは紙切れだった。

 特別な感情は湧かない。

 しかしこの時ミュラーは気づかなかった。

 この写真がかけがえのない宝になることを。

 クロエが気まずそうにミュラーに声をかける。
「ベガスに戻ったらまたみんなで集合写真撮りましょう……」
 ミュラーは軽く微笑み、強く頷いた。
「ああ、そうだな」
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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