第32話 バースデイ
文字数 2,779文字
小春日和りの晴天の空の下、小鳥のさえずりとともに盛大な祝福の声があげられる。
「オルマ、誕生日おめでとう!!」
今日はオルマの誕生日だ。彼女の同僚達が祝福する。
オルマは満面の笑顔でその青い瞳に映った人々を見る。
クロエ、フェンディ、ジラール、アーペル、ブシュロン、デルヴォー、チームの皆が賛辞の言葉を伝える。
その中で異端の存在がいた。
ミュラーだ。
彼は感謝の言葉はもちろんオルマに伝えない。
それどころか、つまらなそうな顔で溜息を吐く。
「なんだ、この国の人間は生まれた日がそんなにめでたいのか、理解できん」
この発言で場の空気が凍りついた。
オルマのへこんだ顔を見たフェンディが抗議をするようにミュラーにくってかかる。
「誕生日は祝うものなの! だったらあんたの国じゃ生まれた日に何をするのよ!?」
ミュラーは少し考えこんで、思いついたように答える。
「誕生日という風習はないが、元服の儀式があるな。確か14歳の生まれた日にあげる」
「祝ったりしないの?」
「……元服したら、戦に駆り出されるからな、母上はいつも泣いていた。ちなみに俺の初陣は13の時にすませたから、儀式はやってない」
「……とんだ蛮族ね」
ミュラーとフェンディのやり取りを見ながら、今日の主役であるオルマは苦笑いを浮かべる。
周りの人間も、気にするな、こいつがおかしいんだ、つまみ出そう、締めだせ、
とオルマにフォローをいれていた。
豪勢な料理を皆で囲みながら、オルマたちは幸せそうに笑いあう。
すると同僚のクロエが尋ねる。
「家族は来ないの?」
オルマが嬉しそうに答える。
「夜に実家でホームパーティーだよー。家族で祝ってくれるんだー」
家族、とオルマが口にした瞬間、ふと寂しそうな顔をしてしまう。
今日も爺ちゃんは山登りかー。何も山が好きだからって、孫の誕生日に登ることないのに……。
すると、ブシュロンが無神経にその存在を皆に打ち明ける。
「オルマの爺さんは昔、凄腕のハンターだったんだ! 今は引退してるがベテランハンターでは知らない者はいないぐらいだぞ!」
皆が羨望の眼差しをオルマに向ける。
困ったオルマが苦笑いしながら答える。
「アタシが生まれた時には引退してたよー。なんか有名らしいね、爺ちゃん」
ブシュロンは孫のオルマですら知らない祖父の武勇伝を語り続ける。
皆が感嘆の表情を浮かべるが、オルマは気まずい表情をしてしまう。
無理もない、生まれてから祖父は山ばかり登ってる好事家だ。
もちろん誕生日に祝ってもらったことはない。
そのことでオルマと祖父に気まずい距離が生まれた。
オルマが晴れてハンターになった時も両親は手放しで喜んだが、祖父だけは違った。
もっと安定した仕事につけ、花嫁修業させた方がいいなど小言を言うばかりであった。
そして思った。祖父から期待されてないと。
ハンターとして憧れていた祖父から見放されていることに落胆を隠せずにはいられなかった。
オルマも祖父のようなハンターになりたかったのだ。
だがその祖父は孫の誕生日に山登りに興じている。
そのことにオルマは思わず溜息を漏らしてしまう。
青い瞳もどこか寂しげだ。
すると空気を読まないことに定評のあるミュラーがオルマに向かって尋ねる。
「オルマの家はどこかの宗教に入ってるのか?」
突然の謎の質問にオルマは面食らう。
「いや、特に決まった宗教には……」
「サラブの民間信仰については?」
「いや、知らない。神様信じてないし」
戸惑いながらオルマが答えると、ミュラーがしばらく思案してから尋ねる。
「お前の祖父は今どこにいる?」
オルマにとって今一番聞かれたくないことであった。
怒りを押さえ、声を絞り出す。
「……山登り」
するとミュラーが何かひらめいたかのように、ぽんと手を叩き、オルマの肩を掴む。
「今からゴルゴダ山脈にいくぞ!」
ミュラーにそう告げられて、オルマは半ば強引に腕を引っ張られながら、その場を連れ去られた。
ミュラーの瞳は好奇心に輝いていた。
サラブの東端にそびえ立ち、雲海の頂点に鎮座する険しい山脈、ゴルゴダ山脈。その急斜面の岩場をミュラーとオルマは軽快に登る。
絶壁とも言える断崖をよじ登りながら二人は話す。
「よりにもよってなんでこんな高い山を登るのさー! 山登るなら他にもあるじゃんかー!」
「ゴルゴダの山頂に古い社がある。サラブの山岳信仰の象徴として立てられたものだ。書物で読んだ。祈願参りとして、祈りを捧げる神聖な場所らしいな。そこには、あるまじないが伝統としてあるらしい」
「まじない? そんな古い言い伝え、アタシは知らないよー」
オルマが尾根の急斜面を軽快に登りながら、ミュラーに文句を言った。
ミュラーは仏頂面で、山を走るように登っていく。
「そこに着けばわかる」
オルマは、大きな岩や木道部分を滑らないように、急坂を登り続ける。
山脈を登り続けていくと傾斜が緩やかな場所に出る。
そこで山下の景色を見渡した。
圧巻だった。
そこには水平線が広がり、空と海を隔てる境界線が見えた。
ベガスの街が小さく見えた。
ただ世界が広がっていたのだ。
ふと見上げる。
もうすぐ頂上だ。
オルマは胸の鼓動が高まるのがわかった。
自然と足が軽くなり、気付けばミュラーを追い越して山道を登り出していた。
二人は山頂に辿り着いた。
ミュラーは社と言っていたが、そこにあるのは苔がびっしり生えた祠だった。
しかしオルマの瞳は別のものに奪われていた。
そこには数多の絵馬が吊らされていたのだ。
ミュラーが呟く。
「この社で参拝して、願いをこの木片に書くとそれが叶うという言い伝えだな。確かに本に記されていたことは確かだったな」
ミュラーは一人で納得して、満足していた。
オルマは文字の読み書きはできない。
しかし自分の名前ぐらいは読める。
その溢れんばかりの絵馬には自分の名前が記されていることはわかった。
一つ一つの絵馬に自分の名前が書かれていた。
ミュラーが絵馬を手に取り、それを読む。
「お前のことが書かれてるぞ、どんな願い事が書かれてるか知りたいか?」
含んだ笑みをしたオルマが首を横に振り、ミュラーから絵馬を取り上げる。
「他人の願いを読むのはマナーが悪いよー」
オルマの心の中の不満が解消された。
この絵馬を書いた人物の正体がわかったからだ。
オルマがクスリと笑みを浮かべ、囁く。
「男ってホントに素直じゃないなー。ね、爺ちゃん」
茂みが揺れると同時にその人影はオルマの糸で縛られてしまった。
その正体は毎年、この日にこの場所で、この絵馬を書いている存在だった。
オルマはミュラーの胸をこん、と叩いて感謝を告げる。
「ありがとねー」
ミュラーの瞳には満面の笑顔を浮かべたオルマがいた。
それは太陽のように輝いていた。
「オルマ、誕生日おめでとう!!」
今日はオルマの誕生日だ。彼女の同僚達が祝福する。
オルマは満面の笑顔でその青い瞳に映った人々を見る。
クロエ、フェンディ、ジラール、アーペル、ブシュロン、デルヴォー、チームの皆が賛辞の言葉を伝える。
その中で異端の存在がいた。
ミュラーだ。
彼は感謝の言葉はもちろんオルマに伝えない。
それどころか、つまらなそうな顔で溜息を吐く。
「なんだ、この国の人間は生まれた日がそんなにめでたいのか、理解できん」
この発言で場の空気が凍りついた。
オルマのへこんだ顔を見たフェンディが抗議をするようにミュラーにくってかかる。
「誕生日は祝うものなの! だったらあんたの国じゃ生まれた日に何をするのよ!?」
ミュラーは少し考えこんで、思いついたように答える。
「誕生日という風習はないが、元服の儀式があるな。確か14歳の生まれた日にあげる」
「祝ったりしないの?」
「……元服したら、戦に駆り出されるからな、母上はいつも泣いていた。ちなみに俺の初陣は13の時にすませたから、儀式はやってない」
「……とんだ蛮族ね」
ミュラーとフェンディのやり取りを見ながら、今日の主役であるオルマは苦笑いを浮かべる。
周りの人間も、気にするな、こいつがおかしいんだ、つまみ出そう、締めだせ、
とオルマにフォローをいれていた。
豪勢な料理を皆で囲みながら、オルマたちは幸せそうに笑いあう。
すると同僚のクロエが尋ねる。
「家族は来ないの?」
オルマが嬉しそうに答える。
「夜に実家でホームパーティーだよー。家族で祝ってくれるんだー」
家族、とオルマが口にした瞬間、ふと寂しそうな顔をしてしまう。
今日も爺ちゃんは山登りかー。何も山が好きだからって、孫の誕生日に登ることないのに……。
すると、ブシュロンが無神経にその存在を皆に打ち明ける。
「オルマの爺さんは昔、凄腕のハンターだったんだ! 今は引退してるがベテランハンターでは知らない者はいないぐらいだぞ!」
皆が羨望の眼差しをオルマに向ける。
困ったオルマが苦笑いしながら答える。
「アタシが生まれた時には引退してたよー。なんか有名らしいね、爺ちゃん」
ブシュロンは孫のオルマですら知らない祖父の武勇伝を語り続ける。
皆が感嘆の表情を浮かべるが、オルマは気まずい表情をしてしまう。
無理もない、生まれてから祖父は山ばかり登ってる好事家だ。
もちろん誕生日に祝ってもらったことはない。
そのことでオルマと祖父に気まずい距離が生まれた。
オルマが晴れてハンターになった時も両親は手放しで喜んだが、祖父だけは違った。
もっと安定した仕事につけ、花嫁修業させた方がいいなど小言を言うばかりであった。
そして思った。祖父から期待されてないと。
ハンターとして憧れていた祖父から見放されていることに落胆を隠せずにはいられなかった。
オルマも祖父のようなハンターになりたかったのだ。
だがその祖父は孫の誕生日に山登りに興じている。
そのことにオルマは思わず溜息を漏らしてしまう。
青い瞳もどこか寂しげだ。
すると空気を読まないことに定評のあるミュラーがオルマに向かって尋ねる。
「オルマの家はどこかの宗教に入ってるのか?」
突然の謎の質問にオルマは面食らう。
「いや、特に決まった宗教には……」
「サラブの民間信仰については?」
「いや、知らない。神様信じてないし」
戸惑いながらオルマが答えると、ミュラーがしばらく思案してから尋ねる。
「お前の祖父は今どこにいる?」
オルマにとって今一番聞かれたくないことであった。
怒りを押さえ、声を絞り出す。
「……山登り」
するとミュラーが何かひらめいたかのように、ぽんと手を叩き、オルマの肩を掴む。
「今からゴルゴダ山脈にいくぞ!」
ミュラーにそう告げられて、オルマは半ば強引に腕を引っ張られながら、その場を連れ去られた。
ミュラーの瞳は好奇心に輝いていた。
サラブの東端にそびえ立ち、雲海の頂点に鎮座する険しい山脈、ゴルゴダ山脈。その急斜面の岩場をミュラーとオルマは軽快に登る。
絶壁とも言える断崖をよじ登りながら二人は話す。
「よりにもよってなんでこんな高い山を登るのさー! 山登るなら他にもあるじゃんかー!」
「ゴルゴダの山頂に古い社がある。サラブの山岳信仰の象徴として立てられたものだ。書物で読んだ。祈願参りとして、祈りを捧げる神聖な場所らしいな。そこには、あるまじないが伝統としてあるらしい」
「まじない? そんな古い言い伝え、アタシは知らないよー」
オルマが尾根の急斜面を軽快に登りながら、ミュラーに文句を言った。
ミュラーは仏頂面で、山を走るように登っていく。
「そこに着けばわかる」
オルマは、大きな岩や木道部分を滑らないように、急坂を登り続ける。
山脈を登り続けていくと傾斜が緩やかな場所に出る。
そこで山下の景色を見渡した。
圧巻だった。
そこには水平線が広がり、空と海を隔てる境界線が見えた。
ベガスの街が小さく見えた。
ただ世界が広がっていたのだ。
ふと見上げる。
もうすぐ頂上だ。
オルマは胸の鼓動が高まるのがわかった。
自然と足が軽くなり、気付けばミュラーを追い越して山道を登り出していた。
二人は山頂に辿り着いた。
ミュラーは社と言っていたが、そこにあるのは苔がびっしり生えた祠だった。
しかしオルマの瞳は別のものに奪われていた。
そこには数多の絵馬が吊らされていたのだ。
ミュラーが呟く。
「この社で参拝して、願いをこの木片に書くとそれが叶うという言い伝えだな。確かに本に記されていたことは確かだったな」
ミュラーは一人で納得して、満足していた。
オルマは文字の読み書きはできない。
しかし自分の名前ぐらいは読める。
その溢れんばかりの絵馬には自分の名前が記されていることはわかった。
一つ一つの絵馬に自分の名前が書かれていた。
ミュラーが絵馬を手に取り、それを読む。
「お前のことが書かれてるぞ、どんな願い事が書かれてるか知りたいか?」
含んだ笑みをしたオルマが首を横に振り、ミュラーから絵馬を取り上げる。
「他人の願いを読むのはマナーが悪いよー」
オルマの心の中の不満が解消された。
この絵馬を書いた人物の正体がわかったからだ。
オルマがクスリと笑みを浮かべ、囁く。
「男ってホントに素直じゃないなー。ね、爺ちゃん」
茂みが揺れると同時にその人影はオルマの糸で縛られてしまった。
その正体は毎年、この日にこの場所で、この絵馬を書いている存在だった。
オルマはミュラーの胸をこん、と叩いて感謝を告げる。
「ありがとねー」
ミュラーの瞳には満面の笑顔を浮かべたオルマがいた。
それは太陽のように輝いていた。