第25話 ハンティングデビュー②

文字数 2,868文字

 深い密林地帯を抜け、目の前には地平線が広がる平野に出た。
 ここに来るまで大型動物はおろか、熊すら出て来なかった。
 せいぜいシカの親子が驚いて逃げていく程度であった。

 本当にデカい怪物が現れるのか? 
 眼前の平原には動物の気配すらない。
 少々拍子抜けだ。

 するとオルマとクロエがニワトリの足を止める。
「ここからは徒歩で行くよー」
「何故だ? 目的地の水辺までまだ距離があるだろ?」
「ニワトリで行くと目立つし、足音で気付かれて獲物が逃げちゃうのさ」
 そうレクチャーすると、オルマはニワトリから降り、大木の根元でニワトリを休ませる。
 四人で装備を分担して持ち、イグアノドンが生息する水辺まで歩いていくこととなった。
 先頭はオルマだ。
 以前狩りをした経験があるため、目的地までの道のりは彼女が熟知している。しかしその足取りは慎重だ。
 何かを警戒しながら進んでいる。
 その様子にジラールが悪態をつく。
「さっさと行こうぜ、日が暮れちまうよ!」
 するとオルマが睨みつける。そして小さな声で注意する。
「声が大きい。いい? もうここは奴らのテリトリーなんだ。油断しているとこっちが狩られるよ」
 クロエも続く。
「全く……。ここの地域には危険な肉食動物が生息していると教えられていたでしょう。いつそこの茂みから襲ってくるかわからない状況なんですよ。まさか狩りの仕方まで失念してはいないでしょうね?」
 ジラールは頭を掻きながら
「わーてるよ、首か腹を狙うんだろ? 獲物が現れたら、オルマが合図、クロエが槍で奇襲して、その隙にミュラーと俺が援護だろ?」
 ジラールの言う通り、四人のフォーメーションは決まっていた。
 斥候にオルマ、前衛に近接戦のクロエ、それに後衛にいる俺の魔法とジラールの射撃で仕留める。
 今回の狩りは捕獲ではなく、駆除であった。
 理由は単純で四人の力量を図るためらしい。
 しかし徒歩は疲れる。
 太陽の日差しが肌を焼き、汗を滲ませる。
 得体の知れない緊張感と焦りがさらに疲労を大きくする。
 もう数時間も歩き続けている。しかも周囲に気を配りながらだ。
 まだ目的の水辺まで距離はある。
 すると遠くの大きな茂みが揺れるのを俺は見逃さなかった。

 ……何かいる。

 俺はオルマにそのことを告げた。
「え!? 全然気配が感じられなかったよ。もしかしたら危険な肉食獣が潜んでるのかも……」
 四人に緊張が走る。
 そして相談した結果、ジラールが遠距離で射撃して、様子を見ることにした。
 ジラールが慎重に狙いを定める。
 それを三人は固唾を飲んで身構える。

 来るなら来い!

 ジラールが引き金を引くと、閃光弾がその茂みに着弾する。

 茂みから現れたのは子ウサギだった。

 安堵と共に、ジラールが無言で俺の胸倉を掴んで睨みつける。
 他の二人も非難の目で俺を見つめた。

 何もいなくて良かったじゃないか、俺は何も悪くない。
 
 そしてオルマから余計なマネするなと釘を刺された。
 負のオーラを漂わせながら一行は足を進める。

 俺は少々不本意だった。

 そして目的地の水辺まで辿り着いた。
 四人の空気は非常に気まずかった。
 無理もないここまで現れたのは先ほどの子ウサギのみだ。
 ここまで獣一匹に出会ってない。
 そして獣の痕跡すら皆無であった。

 オルマがから笑いしながら。
「ハハ……。ひょっとしたらこの水辺に現れるかもしれないから、色々仕掛けとかして、あっちの茂みで様子見てみようか……」

 四人は交代で見張りを立てながら、茂みに潜んだ。
 しかし待てど暮らせど獣一匹現れる気配は無かった。
 焦れたジラールがオルマを肩肘でつつく。
「ここで本当にあってんだろーな!? 場所間違えたんじゃねーのか?」
「この水辺に生息してるのは間違いないよ。前の狩りの時もここにいたし!」
 見張りをしているクロエが深い溜息をつく。
「私、狩りってもっと違うイメージでした……。群れなす獣達が襲い掛かってきて、それを私達が悪戦苦闘しながら狩っていくみたいな……」
「前の狩りの時はそんな感じだったよ!?」
 ジラールがうなだれながら呟く。
「じゃあ、その前の狩りで狩り尽くして、獣がびびって近寄らねーんじゃねーか?」
 ジラールの言葉には一理ある。
 現に未だに獣が現れる気配はない。

 そして無情にも陽が暮れていく。
 四人は話し合った結果、野営することになった。
 オルマが半泣きで。
「こうなりゃ持久戦だ!」
 
 そして一晩がたった。
 獣の鳴き声どころか、気配すら無かった。
 気づくと朝を知らせる小鳥のさえずりが響き渡った。
 重い空気が四人を包み込む。
 誰も一言もしゃべらない。
 それは獣に気配を悟られないためではなかった。
 腹から空腹を知らせる音が哀しく響き渡っていた。
 意を決したオルマが勇気の言葉をふり絞った。

「……帰ろっか……」

 誰も反対しなかった。

 帰路の途中、ジラールが悪態を吐く。
「手ぶらで帰ったら、軍曹に何されるかわかんねーぞ! クソッタレが!」
 最早、昨日のような緊張感は無かった。
 オルマも注意をしない。むしろ反論した。
「いないもんは仕方ないじゃん!」
 俺は天を仰いだ。
「……またアナコンダの精力剤の一気飲みか……」
 その言葉に三人は顔を青ざめる。
 そして長い沈黙が続く。
 正直帰りたくない気持ちでいっぱいだった。
 このまま帰ったらあの軍曹に何をされるか考えただけでも恐ろしい。
 重い空気、重い足取りで来た道へととぼとぼと引き返していった。

 気づけば密林の森が瞳に映る。

 そういえばあのニワトリにまた乗らなきゃならないのか……。
 憂鬱だ。俺はゲロしに来たようなものじゃないか。
 なんなんだこれは……。

 するとオルマが気付く。
「あれ!? アタシのニワトリがいない!」
 クロエも驚く。
「私のもです!」
 ジラールがケタケタ笑いながら冗談を言う。
「ニワトリさん、愛想尽かして先に帰っちまったんだよ。ミュラーのゲロがトラウマで」
 俺はジラールをひと睨みして、二人に言う。
「普通に逃げたんじゃないのか?」
 するとオルマが言い返す。
「ニワトリは賢いし、飼い主の命令に従順だから、よっぽどのことがない限り、逃げないんだよ!」

 すると森の中から、突然、ニワトリの頭が吹っ飛んでいった。

 呆然とそれを見て立ち尽くす四人。

 同時に衝撃振動が地面に走る。

 そしてそれはだんだん大きくなり、近づいてきているのがわかる。

 狼狽えるジラール。
「……おい、何が起きてんだ……!?」
 その言葉を放った瞬間、轟雷のような咆哮が鼓膜に響き渡る。

 すると揺れる森から巨竜の頭が現れる。

 思わず俺は呟く。
「……あれがイグアノドンか……?」
 恐怖に染まったオルマがそれを否定する。
「……違う、全然違う……あれは……ティラノサウルス……」
 全身を震えさせたクロエも言葉をつなげる。
「……難易度A級の怪物……、高原の王者……まさかこんなところで会うなんて……」
 まさに暴君と呼ぶにふさわしい面構え、そして残忍で凶悪な牙を持つ口を大きく開かせて、その姿を森から覗かせていた。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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