第36話 アーペルの休日
文字数 2,076文字
美しい金髪の艶やかな髪をなびかせながら、部屋のソファで横になり、アーペルは休日の午後を読書してくつろいでいた。
インドア派の彼女にとっては至福の時である。
このくつろぎのひと時が一番幸せに感じる。
静寂に包まれながら、本の世界に夢中になっていた。
読んでいた本の内容は歴史の軍記ものだ。
二百年前に起きたサラブの戦争を英雄を通した物語として描かれている。
主観に溢れ、英雄となった王がサラブ国を正しく導いていったというものだ。
博識なアーペルはこの物語を事実として受け止めていない。
そもそもこの書を記したのが英雄の息子となっている時点で苦笑ものだ。
子供が父親の若かりし頃の出来事を詳細に描けるものか。
この物語でエルフが英雄の妻となっているが確実に嘘だ。
アーペルはハーフエルフで齢はまだ20だが、父親は純粋なエルフだ。
父は100年前に同じエルフの一族とともにこの国に渡ってきた。
そしてその当時この国にエルフはいなく、好奇の目と厳しい差別を受けたと幼かった彼女に伝えてくれた。
エルフという民は流浪の種であった。
森に定住する一族も多いが、一つの国を持っていない種族だ。
そのため西側諸国や中央大陸に点在しているが、少数民族として暮らしている。
そして森の集落で暮らすものもいれば、都会で暮らす者もいる。
ただ酷い迫害がその国で始まれば、エルフの一族は国から姿を消す。
理由は単純だ、その美しい容姿、その女、子供は奴隷市で売れば金貨の山となる。
悲惨な末路を避けるために、各地を流浪する。
別にこのサラブがエルフを厚遇しているわけではない。
事実サラブの官僚や軍人は人族が中心だ。
別に差別する文化もないが、基本的に人の作る国は排他的になるのが多いのである。
ただサラブが多民族国家だからであろう。
そもそも長命なエルフは人間に比べ、とても個人的な種族だ。
村単位の集落を作ることはあるが、集団生活が嫌いなものたちばかりである。
家族単位で暮らすもの、一人で生きるものもいる。
エルフは自由な種族であり、掟や法に縛られるのを好まない。
理由がある長命なエルフにとって自分たちの姿形は変わらないのに、国は変わり、制度も変わる。
どうして人の生きることに自分たちも合わさなければならないのか。
そのため長くその国に定住するのも長続きしない。
そしてエルフは個人主義が多いため、人と友好的に接し、そこで暮らすということができても、わざわざ自分たちの国を作ろうという概念が希薄だ。
アーペルが遠い目をする。
そういえば、幼馴染のエルフの少年はエルフも、ハーフエルフも、ダークエルフもハ、イエルフも暮らしていける差別のない平等な国を作ると息まいてこの国を飛び出したな。
同じ思想のエルフとは出会えたのだろうか。その夢は形になるのだろうか。
アーペルは本を閉じ、自嘲気味な笑みを浮かべる。
エルフの国か……。それこそ夢物語だな。その物語はこの本のように記されていくのだろうか。
アーペルは生まれてから、エルフとして、ハーフエルフとして、差別を受けたことはない。
十代の頃に通った魔法学院ではむしろ、彼女の美しい容姿に羨望の目を向けられた。
同級生はこの長い耳をチャーミングとまで言っていた。
エルフの一族として生きて、こういう扱いを受けるのは恵まれた方なのだと我ながら思う。
だが長命な父は違った。
いつ国がその差別の矛先をエルフに向け、迫害が始まるのか。
いつでも国外脱出できるように準備を常にしている。
人と平等に生きる。
エルフの歴史が物語るように、それは容易ではなかった。
しかしアーペルの今の暮らしは違っていた。
チームの仲間に差別の目を向けられたことはない。
ブシュロン、デルヴォー、クロエ、オルマ、ジラール、ミュラー、彼らは、この美しい容姿と長い耳、黄金色の髪を、個性として捉えている。
そしてアーペルの中身を大切な存在として受け入れていた。
いい仲間に恵まれた。
そう思いながら、再び読書にふけようとするとオルマの甲高い声が響く。
「アーペル! ミュラーが妙な魔法使ったら、魔法陣の中に引きずり込まれちゃった! 助けて!」
アーペルはまたあの男か...と頭を抱えながら読みかけた本を閉じる。
そしてオルマの手に引きずられ、彼女の日常に戻っていくのだった。
アーペルはこの日常がかけがえのないものだと思った。
長いエルフの歴史を振り返り、人間、獣族、エルフの血を引く自分が笑いあえるこの日々がエルフにとって奇跡のようなひと時だと思ったのだ。
ただミュラーについては指導が必要だな。魔法の訓練はもちろん、彼はデリカシーのないことをズバズバと言い放つ。
先日、エルフは雌雄同体でナメクジのように交配しているのか、と聞かれた時の殺意は忘れられない。
彼が差別を意図して言ったわけじゃないのはわかっているが、女として許しがたい言動だ。
内心、そのまま魔法陣に引きずりこまれて、世界の深淵を覗き込んこいと思った。
全く騒がしい連中だ。世話がやける。
インドア派の彼女にとっては至福の時である。
このくつろぎのひと時が一番幸せに感じる。
静寂に包まれながら、本の世界に夢中になっていた。
読んでいた本の内容は歴史の軍記ものだ。
二百年前に起きたサラブの戦争を英雄を通した物語として描かれている。
主観に溢れ、英雄となった王がサラブ国を正しく導いていったというものだ。
博識なアーペルはこの物語を事実として受け止めていない。
そもそもこの書を記したのが英雄の息子となっている時点で苦笑ものだ。
子供が父親の若かりし頃の出来事を詳細に描けるものか。
この物語でエルフが英雄の妻となっているが確実に嘘だ。
アーペルはハーフエルフで齢はまだ20だが、父親は純粋なエルフだ。
父は100年前に同じエルフの一族とともにこの国に渡ってきた。
そしてその当時この国にエルフはいなく、好奇の目と厳しい差別を受けたと幼かった彼女に伝えてくれた。
エルフという民は流浪の種であった。
森に定住する一族も多いが、一つの国を持っていない種族だ。
そのため西側諸国や中央大陸に点在しているが、少数民族として暮らしている。
そして森の集落で暮らすものもいれば、都会で暮らす者もいる。
ただ酷い迫害がその国で始まれば、エルフの一族は国から姿を消す。
理由は単純だ、その美しい容姿、その女、子供は奴隷市で売れば金貨の山となる。
悲惨な末路を避けるために、各地を流浪する。
別にこのサラブがエルフを厚遇しているわけではない。
事実サラブの官僚や軍人は人族が中心だ。
別に差別する文化もないが、基本的に人の作る国は排他的になるのが多いのである。
ただサラブが多民族国家だからであろう。
そもそも長命なエルフは人間に比べ、とても個人的な種族だ。
村単位の集落を作ることはあるが、集団生活が嫌いなものたちばかりである。
家族単位で暮らすもの、一人で生きるものもいる。
エルフは自由な種族であり、掟や法に縛られるのを好まない。
理由がある長命なエルフにとって自分たちの姿形は変わらないのに、国は変わり、制度も変わる。
どうして人の生きることに自分たちも合わさなければならないのか。
そのため長くその国に定住するのも長続きしない。
そしてエルフは個人主義が多いため、人と友好的に接し、そこで暮らすということができても、わざわざ自分たちの国を作ろうという概念が希薄だ。
アーペルが遠い目をする。
そういえば、幼馴染のエルフの少年はエルフも、ハーフエルフも、ダークエルフもハ、イエルフも暮らしていける差別のない平等な国を作ると息まいてこの国を飛び出したな。
同じ思想のエルフとは出会えたのだろうか。その夢は形になるのだろうか。
アーペルは本を閉じ、自嘲気味な笑みを浮かべる。
エルフの国か……。それこそ夢物語だな。その物語はこの本のように記されていくのだろうか。
アーペルは生まれてから、エルフとして、ハーフエルフとして、差別を受けたことはない。
十代の頃に通った魔法学院ではむしろ、彼女の美しい容姿に羨望の目を向けられた。
同級生はこの長い耳をチャーミングとまで言っていた。
エルフの一族として生きて、こういう扱いを受けるのは恵まれた方なのだと我ながら思う。
だが長命な父は違った。
いつ国がその差別の矛先をエルフに向け、迫害が始まるのか。
いつでも国外脱出できるように準備を常にしている。
人と平等に生きる。
エルフの歴史が物語るように、それは容易ではなかった。
しかしアーペルの今の暮らしは違っていた。
チームの仲間に差別の目を向けられたことはない。
ブシュロン、デルヴォー、クロエ、オルマ、ジラール、ミュラー、彼らは、この美しい容姿と長い耳、黄金色の髪を、個性として捉えている。
そしてアーペルの中身を大切な存在として受け入れていた。
いい仲間に恵まれた。
そう思いながら、再び読書にふけようとするとオルマの甲高い声が響く。
「アーペル! ミュラーが妙な魔法使ったら、魔法陣の中に引きずり込まれちゃった! 助けて!」
アーペルはまたあの男か...と頭を抱えながら読みかけた本を閉じる。
そしてオルマの手に引きずられ、彼女の日常に戻っていくのだった。
アーペルはこの日常がかけがえのないものだと思った。
長いエルフの歴史を振り返り、人間、獣族、エルフの血を引く自分が笑いあえるこの日々がエルフにとって奇跡のようなひと時だと思ったのだ。
ただミュラーについては指導が必要だな。魔法の訓練はもちろん、彼はデリカシーのないことをズバズバと言い放つ。
先日、エルフは雌雄同体でナメクジのように交配しているのか、と聞かれた時の殺意は忘れられない。
彼が差別を意図して言ったわけじゃないのはわかっているが、女として許しがたい言動だ。
内心、そのまま魔法陣に引きずりこまれて、世界の深淵を覗き込んこいと思った。
全く騒がしい連中だ。世話がやける。