第26話 ハンティングデビュー③

文字数 2,385文字

 巨竜が大きな顎で大樹をかみ砕き、森の樹木をなぎ倒して、その姿を現わす。
 大地が大きく揺さぶられた。
 その存在は四人を圧倒した。
 動揺する皆をオルマが声を震わしながら制しようとする。
「……大丈夫、こっちに気付いてない。……声を出さないで、この場から絶対にうごかないで……」
 オルマの顔から冷や汗が滴る。
 ジラールが不安気に聞く。
「……どうすんだ? あんな怪物……。そこらの家だって一踏みでぺしゃんこになるぞ……。聞いてねーぞ……」
「……今はやり過ごそう。逃げるのはアイツがいなくなってからだよ……」
 巨竜を注視しながらクロエも頷く。
「……賛成よ。相手はティラノサウルス……。けっして気配を悟られちゃいけないわ……」
 しかしミュラーは違った。

 ミュラーはこの狩りが非常に不満だった。
 この狩りで会った獣は子ウサギ一匹。目的のイグアノドンも見つけることができなかった。
 このままだと手ぶらで帰るハメになる。

 ミュラーは父と同じく偏屈であった。

 そして闘いで逃げるというのは彼にとって恥であり、屈辱であった。


 その場をやり過ごす?
 
 ありえない!

 やっと現れた獲物だ!

 皆がしゃがみこみ、じっとしてる中、ミュラーは突然立ち上がった。
 三人が、なにしてんだお前、みたいな驚愕の表情を浮かべる。
 しかしミュラーは残念なことに致命的に空気が読めない男であった。
 三人が必死でミュラーを押し倒そうとするが、巨竜の首がミュラーの方へ向く。
 そしてその瞳がミュラーの姿をとらえる。
 その巨大な顎から草原を揺るがすほどの雄たけびが放たれた。
 鼓膜を激しく揺さぶり、全員が身を竦めてしまうほどの大きな咆哮だ。
 しかしミュラーは怯まなかった。
 そして巨竜の方へ手をかざした。
「そこには魔法陣を仕掛けておいた。触媒は俺の吐瀉物だ。死ね!」

 刹那、巨竜の足元から、青く光る魔法陣が地面に輝きだした。
 そ
の現象に巨竜が驚くように、動きを止める。

 瞬間、巨竜の全身に電撃が走った。

 バリバリと甲高い音を立てながら、巨竜の身は雷撃に身を包まれる。

 堪らず巨竜が大きな絶叫を上げた。

 その様を見てミュラーはニヤリと笑みを浮かべる。
「今だ! 行くぞ、みんな!」
 三人の方へ顔を向けた。
 全員が、何してんだお前、みたいな顔で呆気に取られていた。
 ブチ切れたジラールがミュラーの胸倉を掴む。
「何してくれてんだテメェー!!」
 絶望に満ちた表情でオルマが言葉を失う。
「あ……あ……あぁ……あ……」
 クロエが二人の仲裁に入った。
「もうやってしまったことは仕方ありません! どうします? 退きますか?」
 クロエがオルマの方へ顔を向けると、震えるオルマが顔を青ざめながら巨竜の方へとガタガタと指をさす。
「……あ……あ……あ……あ……」

 ミュラーの攻撃に激怒した巨竜がまっすぐにこちらを睨みつけていた。
 狼狽するオルマをジラールが揺さぶる。
「しっかりしろ! こうなったらもうやるっきゃねぇ! あのニワトリみたいになりてぇのか!? 俺が援護する! クロエ、足止めだ!」
 ジラールの言葉に反応し、クロエは臆することなく、とっさに巨竜目掛けて飛び出す。
 真っ直ぐではなく、曲線を描きながら素早く走り出した。
 巨竜の巨大な尻尾が鞭のようにクロエを攻撃する。
 しかしクロエは早い身のこなしでそれをなんなく躱した。
 そして槍を大きく回転させながら、巨竜の首へ、強烈な一閃を繰り出した。
 しかし巨竜の太い首では致命傷にならない。
 だからクロエは何度も何度も繰り出し続けた、斬撃の嵐を。

 クロエの身体が巨竜の顎に捉われまいと、ジラールが光弾を放ち続けた。ミ
 ュラーも巨竜の気を反らせるために、素早く巨竜の懐に入り込み、その太い足に剣撃を食らわせる。
 しかし巨竜の皮膚は硬く、ミュラーの刃は通らなかった。
 気を取り戻したオルマも巨竜の動きを封じようと糸を繰り出す。

 しかしどれも決め手に欠けていた。

 そして誰もが思った。

 持久戦になったら負ける。

 それはクロエの疲労の顔を見れば一目瞭然だった。
 無理もない、巨竜の巨大な顎を躱しながら、槍での渾身の一撃を何度も繰り出していた。
 この中で一番の負担を背負っていた。

 状況を打破するために俺は策をめぐらせた。そしてジラールに呼びかける。
「ジラール、全力だ、全身全霊の一発をヤツの顔めがけて撃ってくれ!」
「顔か?! それにそれやるともう撃てないぞ!」
「構わん! 俺が止めを刺す!」
「クソッタレ!!」
 膨大な閃光の塊がハーミットの先端に集まる。
 そしてそれは高速で巨竜の顔面目掛けて飛んでいった。

 すかさずミュラーが合図する。
「クロエ! 避けろ!」
 その言葉に反応して、クロエはとっさに巨竜から離れる。
 同時に巨大な光弾が巨竜の顔面にぶつかる。
 しかし巨竜はよろめくものの、倒れることはなかった。

 再びけたたましい雄たけびを上げる。
 まるで自分の健在さを自己主張するかのように。

 刹那、ミュラーが巨竜の下腹部に剣を突きさしていた。
 しかし巨竜の肉は厚く、それは致命傷にはなりえなかった。

 一同が絶望する中、ミュラーは笑った。
「触媒は俺の愛剣だ。爆ぜろ」

 巨竜の全身が青く発光する。

 瞬間、巨竜の身体は爆散した。

 大きな肉塊と大量の血が周囲に飛び散った。
 巨竜は原型をとどめることなく、力なく地へと倒れ伏した。
 それは最早、生き物の形をしていなかった。
 ただの肉の塊であった。

 全員が血のシャワーを浴び続けた。
 すると突然ミュラーが嗚咽をもらして泣きだした。
 無理な魔法を使用して、反動がきてしまったのか?
 身を案じたオルマがすぐに駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「俺の、俺の愛剣が砕け散った……。こんなトカゲのせいで……」
 その言葉に、血まみれの三人は呆れ果てた。

 誰もミュラーの涙に同情していなかった。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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