第31話 ディアーマイファミリー
文字数 3,106文字
クロエ=ヒューゲルは純血の獣族である。
血筋は獣帝ベルクムントの末裔で、その中でもヒューゲル一族は武を尊ぶ家柄であり、その一族は名だたる戦士達を生み出していた。
彼女の祖父や父は古くから集落の道場で同族に槍術の指導をしていた。
一族は槍術の腕を研鑽し、その腕で代々サラブの王国戦士となっていった。
クロエも例外なく槍術を幼少期から叩き込めれて育っていった。
しかしヒューゲルの一族の名跡は男子しか跡目を継がせない。
そのしきたりが彼女の運命の歯車を狂わせた。
彼女が13歳の誕生日を迎えた時、集落で彼女に槍で勝てる者はいなくなってしまった。師範である父や祖父も含めてだ。
こうなると例外として家を継がせるのも仕方ないと周りの者たちも半ば納得していた。
しかしその翌年、クロエに弟が生まれてしまう。
武を尊ぶ者はクロエこそ次期当主と声高に叫ぶ。
一方伝統を重んじる者は生まれた男子こそ跡継ぎにふさわしいと譲らない。
集落は二つに割れた。
やがて諍いから争いが起こり集落は紛争となっていった。
クロエや生まれた弟の命さえ奪われかねない状態であった。
身の危険を案じたクロエとその父は話し合い、断腸の思いでクロエを旅に出すという結論に至った。
二度と集落に足を踏み入れない、いわば追放だ。
しかしクロエの意思で集落から出ていくとなれば武断派の溜飲も下がる。集落の争いも終わる。
そしてクロエはベガスの街へ流れ、今はハンターとして生きている。
しかし郷愁の想いはあった。家を継げなかった無念からではない。
かけがえのない家族、父や母、そして生まれて幼い弟に会うことができない未練からだ。
どうしても伝えたいし、聞きたかった。
今は元気に、日々楽しく生きている自分のことを。
父や母は健在かどうかを。
弟は立派に育っているかを。
そのことをクロエは同僚であり、雑種で平民の生まれではあるが同じ獣族のオルマに相談した。
と言ってもどうせ叶わない願いであり、半分は愚痴のようなものだ。
自分が溜め込んでる思いを話して気を晴らしたかっただけなのだが。
オルマは自慢の耳をピンと立たせ、青い瞳を輝かせて、声高に妙案を発する。
「手紙を出そう!」
しかし二人には課題があった。
そもそも文字の読み書きができない。
すると同僚のフェンディがすぐに解決してくれた。
「代筆屋に頼めばいいじゃない。アーペルのバイト先よ」
クロエはさっそくフェンディの案内された代筆屋に足を運んだ。
胸を躍らせ、軽快な足取りでベガスの街を歩いていった。
すぐに代筆屋が見つかった。
看板に手紙のマークがしてあるから文字が読めないクロエでもわかった。勢いよくドアを開ける。
そこには青髪の人族が険しい表情で山ほどある書類を記入している姿があった。
思わずはしたない呻き声を漏らしてしまう。
「うげ……」
ミュラーであった。
クロエの中でチームで一、二位を争うほど嫌いなヤツである。
この男の空気の読めないところに、クロエは日頃からストレスを溜めていた。
クロエの声に反応し、存在に気付いたミュラーの表情がますます険しくなっていた。
「なんの用だ」
とても接客する態度ではない。帰ろうとも思ったが、郷愁の想いは強い。
「アーペルに手紙書いてもらいにきたの……」
「あいつは今出張している。手紙なら一枚、銀貨2だぞ」
不愛想にミュラーが応対する。
そもそもクロエは何故この馬鹿がここにいるのか理解できなかった。
そのまま疑問を口にすると、ミュラーは不機嫌そうな溜息をつきながら答える。
「アーペルにバイト先を紹介してもらったんだよ。給金がいいのと職場でも魔法の指導ができる環境だからな」
そうか、こいつ魔法を使えるってことは学だけはあるのね、と思わず口に出してしまいそうなのを堪え、クロエは恐る恐るミュラーに尋ねる。
「あなた読み書きできるの?」
ミュラーが持っていたペンをへし折り、ドスの効いた声で返す。
「喧嘩売ってるのか? 俺が魔法を使えるのは、魔導書を読んだからできるんだ。からかいにきたんだな?」
どうやら侮辱されたと受け取ってしまったらしい。
クロエは思い出した。
こいつ、変なところにプライド持ってるんだった。
私より弱いくせに。
いやいやそれより、目的を果たさなくては。しかしイチイチ面倒臭い男ね、きっと一生モテないわ。
クロエは勇気をもって声をしぼりだした。
「手紙の代筆頼みたいんだけど……」
「……先に言え、内容はなんだ?」
青い後ろ髪を掻きながら、ミュラーは便箋とペンを取り出した。
そしてクロエは思い出した。
手紙の書き方を知らないことに。
手紙が出せることしか頭に無かったため、肝心の言葉が出てこない。
無理もない。読み書きができないクロエにとって、文章なぞチンプンカンプンである。
クロエが困った顔をしていると、イライラしていたミュラーが助け舟を出す。
「誰への手紙だ?」
「……家族、父さんと母さん、それに弟……」
ミュラーが羊皮紙にペンを走らせる。
「なら拝啓、父上と母上、お元気ですか、だな。それから自分の今の暮らしの感想を教えてくれ、それとお前の家族の環境も伝えてくれると助かる」
ミュラーの丁寧な対応にクロエは思わず感心してしまう。
そして思わず本音を漏らす。
「あ、ホントに手紙が書けてる」
「……殺すぞ」
それからクロエは思いの丈をミュラーに語りかけた。
今を楽しく生きていること、仲間や友達ができたこと、仕事に励んでいること。
ハンターでの想い出の日々のことを精一杯ミュラーに語りかけた。
そして故郷の家族を心配していること、集落での出来事に変わりはないか、また争いはおきてないか。
生まれたての弟に姉は立派な戦士になった、跡目のいざこざに未練は無いこと。
拙い言葉で精一杯ミュラーに伝えた。
ミュラーは言葉の一つ一つをしっかり汲み取り、手紙の文章にはめこむ。
一文にしっかりクロエの想いを刻み込む。
そしてミュラーは尋ねる。
「最後に一言、どうしても伝えたい言葉をくれ」
気づいたらクロエの頬は涙で濡れていた。
喉の奥に出かかる言葉を必死に絞り出す。
「……またいつか会おうね……」
その言葉がミュラーのペン先で手紙の最後が締めくくられる。
何も言わず、手慣れた動作でその便箋を封筒に入れる。
最後に封筒に宛先と宛名を記している時、ミュラーがペンを止めた。
そしてクロエを見つめる。
「……ところで、お前の両親は文字が読めるのか?」
「え、読めるわけないじゃない」
二人の間に長く、重い沈黙が落ちる。
ミュラーの表情はだんだんこわばる。
そして青い前髪を掻きむしった。
クロエはいたたまれない気持ちで仕方なかった。
顔が青ざめる。
すると、ミュラーが突然立ち上がり、クロエに尋ねた。
「住所を地図で教えてくれ」
「え、どうして?」
「今から配達だ、直接読み上げてやる」
ミュラーの行動にクロエは呆然とする。
どうしてここまでしてくれるんだろうか、彼女にはミュラーが理解できなかった。
「勘違いするなよ、俺はこの名文を台無しにされるのが我慢できん。お前の家族に読み上げて、その返信の文章も名文にして、お前に渡す」
そして地図を受け取ったミュラーは駆け出し、店を後にした。
クロエはミュラーという男が掴めないでいた。
ただその行動に救われた自分がいることを自覚した。
照れたように笑みを浮かべてそっと呟く。
「素直じゃないヤツ……」
夕暮れを背にベガスの街を静かに歩く。
胸が高鳴っていた。
今はただ、ミュラーの帰りが待ち遠しい。
どんな手紙が返ってくるんだろうか。
血筋は獣帝ベルクムントの末裔で、その中でもヒューゲル一族は武を尊ぶ家柄であり、その一族は名だたる戦士達を生み出していた。
彼女の祖父や父は古くから集落の道場で同族に槍術の指導をしていた。
一族は槍術の腕を研鑽し、その腕で代々サラブの王国戦士となっていった。
クロエも例外なく槍術を幼少期から叩き込めれて育っていった。
しかしヒューゲルの一族の名跡は男子しか跡目を継がせない。
そのしきたりが彼女の運命の歯車を狂わせた。
彼女が13歳の誕生日を迎えた時、集落で彼女に槍で勝てる者はいなくなってしまった。師範である父や祖父も含めてだ。
こうなると例外として家を継がせるのも仕方ないと周りの者たちも半ば納得していた。
しかしその翌年、クロエに弟が生まれてしまう。
武を尊ぶ者はクロエこそ次期当主と声高に叫ぶ。
一方伝統を重んじる者は生まれた男子こそ跡継ぎにふさわしいと譲らない。
集落は二つに割れた。
やがて諍いから争いが起こり集落は紛争となっていった。
クロエや生まれた弟の命さえ奪われかねない状態であった。
身の危険を案じたクロエとその父は話し合い、断腸の思いでクロエを旅に出すという結論に至った。
二度と集落に足を踏み入れない、いわば追放だ。
しかしクロエの意思で集落から出ていくとなれば武断派の溜飲も下がる。集落の争いも終わる。
そしてクロエはベガスの街へ流れ、今はハンターとして生きている。
しかし郷愁の想いはあった。家を継げなかった無念からではない。
かけがえのない家族、父や母、そして生まれて幼い弟に会うことができない未練からだ。
どうしても伝えたいし、聞きたかった。
今は元気に、日々楽しく生きている自分のことを。
父や母は健在かどうかを。
弟は立派に育っているかを。
そのことをクロエは同僚であり、雑種で平民の生まれではあるが同じ獣族のオルマに相談した。
と言ってもどうせ叶わない願いであり、半分は愚痴のようなものだ。
自分が溜め込んでる思いを話して気を晴らしたかっただけなのだが。
オルマは自慢の耳をピンと立たせ、青い瞳を輝かせて、声高に妙案を発する。
「手紙を出そう!」
しかし二人には課題があった。
そもそも文字の読み書きができない。
すると同僚のフェンディがすぐに解決してくれた。
「代筆屋に頼めばいいじゃない。アーペルのバイト先よ」
クロエはさっそくフェンディの案内された代筆屋に足を運んだ。
胸を躍らせ、軽快な足取りでベガスの街を歩いていった。
すぐに代筆屋が見つかった。
看板に手紙のマークがしてあるから文字が読めないクロエでもわかった。勢いよくドアを開ける。
そこには青髪の人族が険しい表情で山ほどある書類を記入している姿があった。
思わずはしたない呻き声を漏らしてしまう。
「うげ……」
ミュラーであった。
クロエの中でチームで一、二位を争うほど嫌いなヤツである。
この男の空気の読めないところに、クロエは日頃からストレスを溜めていた。
クロエの声に反応し、存在に気付いたミュラーの表情がますます険しくなっていた。
「なんの用だ」
とても接客する態度ではない。帰ろうとも思ったが、郷愁の想いは強い。
「アーペルに手紙書いてもらいにきたの……」
「あいつは今出張している。手紙なら一枚、銀貨2だぞ」
不愛想にミュラーが応対する。
そもそもクロエは何故この馬鹿がここにいるのか理解できなかった。
そのまま疑問を口にすると、ミュラーは不機嫌そうな溜息をつきながら答える。
「アーペルにバイト先を紹介してもらったんだよ。給金がいいのと職場でも魔法の指導ができる環境だからな」
そうか、こいつ魔法を使えるってことは学だけはあるのね、と思わず口に出してしまいそうなのを堪え、クロエは恐る恐るミュラーに尋ねる。
「あなた読み書きできるの?」
ミュラーが持っていたペンをへし折り、ドスの効いた声で返す。
「喧嘩売ってるのか? 俺が魔法を使えるのは、魔導書を読んだからできるんだ。からかいにきたんだな?」
どうやら侮辱されたと受け取ってしまったらしい。
クロエは思い出した。
こいつ、変なところにプライド持ってるんだった。
私より弱いくせに。
いやいやそれより、目的を果たさなくては。しかしイチイチ面倒臭い男ね、きっと一生モテないわ。
クロエは勇気をもって声をしぼりだした。
「手紙の代筆頼みたいんだけど……」
「……先に言え、内容はなんだ?」
青い後ろ髪を掻きながら、ミュラーは便箋とペンを取り出した。
そしてクロエは思い出した。
手紙の書き方を知らないことに。
手紙が出せることしか頭に無かったため、肝心の言葉が出てこない。
無理もない。読み書きができないクロエにとって、文章なぞチンプンカンプンである。
クロエが困った顔をしていると、イライラしていたミュラーが助け舟を出す。
「誰への手紙だ?」
「……家族、父さんと母さん、それに弟……」
ミュラーが羊皮紙にペンを走らせる。
「なら拝啓、父上と母上、お元気ですか、だな。それから自分の今の暮らしの感想を教えてくれ、それとお前の家族の環境も伝えてくれると助かる」
ミュラーの丁寧な対応にクロエは思わず感心してしまう。
そして思わず本音を漏らす。
「あ、ホントに手紙が書けてる」
「……殺すぞ」
それからクロエは思いの丈をミュラーに語りかけた。
今を楽しく生きていること、仲間や友達ができたこと、仕事に励んでいること。
ハンターでの想い出の日々のことを精一杯ミュラーに語りかけた。
そして故郷の家族を心配していること、集落での出来事に変わりはないか、また争いはおきてないか。
生まれたての弟に姉は立派な戦士になった、跡目のいざこざに未練は無いこと。
拙い言葉で精一杯ミュラーに伝えた。
ミュラーは言葉の一つ一つをしっかり汲み取り、手紙の文章にはめこむ。
一文にしっかりクロエの想いを刻み込む。
そしてミュラーは尋ねる。
「最後に一言、どうしても伝えたい言葉をくれ」
気づいたらクロエの頬は涙で濡れていた。
喉の奥に出かかる言葉を必死に絞り出す。
「……またいつか会おうね……」
その言葉がミュラーのペン先で手紙の最後が締めくくられる。
何も言わず、手慣れた動作でその便箋を封筒に入れる。
最後に封筒に宛先と宛名を記している時、ミュラーがペンを止めた。
そしてクロエを見つめる。
「……ところで、お前の両親は文字が読めるのか?」
「え、読めるわけないじゃない」
二人の間に長く、重い沈黙が落ちる。
ミュラーの表情はだんだんこわばる。
そして青い前髪を掻きむしった。
クロエはいたたまれない気持ちで仕方なかった。
顔が青ざめる。
すると、ミュラーが突然立ち上がり、クロエに尋ねた。
「住所を地図で教えてくれ」
「え、どうして?」
「今から配達だ、直接読み上げてやる」
ミュラーの行動にクロエは呆然とする。
どうしてここまでしてくれるんだろうか、彼女にはミュラーが理解できなかった。
「勘違いするなよ、俺はこの名文を台無しにされるのが我慢できん。お前の家族に読み上げて、その返信の文章も名文にして、お前に渡す」
そして地図を受け取ったミュラーは駆け出し、店を後にした。
クロエはミュラーという男が掴めないでいた。
ただその行動に救われた自分がいることを自覚した。
照れたように笑みを浮かべてそっと呟く。
「素直じゃないヤツ……」
夕暮れを背にベガスの街を静かに歩く。
胸が高鳴っていた。
今はただ、ミュラーの帰りが待ち遠しい。
どんな手紙が返ってくるんだろうか。