第37話 夢のダービー①
文字数 2,431文字
ブシュロンは普段、ハンティングの仕事がない時は別の顔を持っている。
調教師だ。
若いニワトリの育成をしている。
ブシュロンの朝は早い、夜が明ける前にはニワトリ小屋にいる若いニワトリに餌をやり、ブラッシングをして羽を綺麗にする。
ブシュロンが今管理しているニワトリは50羽、それぞれに愛情を注ぎながら世話をする。
小屋での仕事が終われば、牧場の運動場にニワトリたちを連れて、追い運動をさせる。
群れなすニワトリの走りをしっかりと観察する。
同じ品種のニワトリでも血統、生まれた牧場によって千差万別だ。
ブシュロンが気になったニワトリは直接騎乗し、ニワトリの走り心地を確認する。
一通り調教を終えたら、ニワトリから降り、足や体格の状態を確かめる。
そして一羽一羽の特徴を見極める。
この子はとにかく身体が丈夫だ、荷車を引かせるニワトリにしよう。
この子は丈夫な上にスタミナが豊富だ、そこまで速くは走れないし、アーペルが配達用のニワトリを欲しがっていたから、彼女に譲ってみよう。長距離移動がこの子の持ち味だな。
この国でニワトリは移動手段として主流だ。人々の生活には必要不可欠だ。農耕にも利用されるほどだ。
ニワトリはそのスタイルに合わせて用途が変わるものなのだ。
ブシュロンが手塩にかけたニワトリはその個性でそれぞれの道を歩んでいく。
ブシュロンはこの仕事に誇りを持っていた。
ニワトリの運動は夕方まで続く。
夜が訪れば再び小屋に入れ、ブラッシングをして、栄養満点の穀物を食させる。
そして夜更けになっても小屋にいるニワトリの状態を確認し、体調の管理をしている。
そういえば、ミュラーやジラールもずいぶんニワトリを乗りこなせるようになったものだな。
最初こそ、ニワトリに振り回されていたが、今や二人とも競技用のニワトリも乗りこなし、最近では闘鶏レースに参加できるようになったか。センスがあるな。この子たちもアイツらに乗る日がくるんだろうか。
闘鶏か……。
ブシュロンには叶えたい夢がある。
いつか自分が育てたニワトリで闘鶏ダービーに勝つことだ。
闘鶏ダービーに勝つことは一国の宰相になるより難しい。
この国の偉人が残した言葉だ。
実際ブシュロンはダービーに縁がない。
たしかに競技用のニワトリを何羽も育成したが、重賞勝ちすら成しえたことはない。
そのことがブシュロンの心を空虚にさせていた。
そんなある日、ミュラー、オルマ、クロエがやってきた。
何でも競技用のニワトリを見てみたいという。
ブシュロンは健康的で、とにかく足が速いニワトリを紹介した。
素人でもわかるかもしれない、競技用のニワトリの条件は足の速さ。
つまり運動場の追い運動で先頭を走るニワトリが競技用のニワトリとしてふさわしい。
ラップタイムもいい。
オルマは群れの先頭を走り続けるニワトリが気に入ったようだ。
ミュラーはその後ろで時折並びかける黒いニワトリに感心を寄せていた。
ブシュロンが黒いニワトリは走らんぞ、と伝えても、これは運命の出会いだとか、そんなジンクスはこいつと乗り越えてみせる、とかわがままを言っていた。
呆れたブシュロンは後で乗せる約束をした。
そんな中、クロエは群れの後方にいたニワトリに見とれていた。
ブシュロンはクロエのニワトリを見るセンスに意外に思った。
あのニワトリが最後方にいるのは、足が遅いからではない。臆病だからだ。
群れの中に入るのをとにかく嫌がる気性が難しいニワトリだ。
体格も良く、単走で追い切りをした時のタイムは先頭を走るニワトリにも負けない。
しかし気が荒い。
ベテランのブシュロンでも上手く乗りこなせないでいた。
しかしクロエはそのニワトリを気に入り、後で乗らしてくれと嘆願した。ブ
シュロンはクロエがニワトリに振り落とされないか、心配したが、クロエの熱意に負けた。
実際にクロエがニワトリに近づくと威嚇された。
ブシュロンはその様子に溜息をついたが、臆することなくクロエはニワトリに近づき、そのクチバシを優しく撫でた。
ニワトリが小さな鳴き声をあげると、クロエはくすりと笑顔を向けて、その背に跨った。
そして軽快に運動場を走り抜けていく。
ブシュロンは驚きを隠せなかった。
あれだけの気性難のニワトリを乗りこなすとは。
その走りは柔らかく、伸びがあった。大地を大きく跳ねた。
足が発達したニワトリは大跳びの特徴があると聞いたことはあるが、今まさにブシュロンが見せられた光景がそれだった。
まるで風のようだ。
騎乗を終えたクロエはこのニワトリで専属としてレースに参加してみたいと申し出た。
勿論、ブシュロンは快諾した。
この二人なら誰も見たことのない先頭の景色が見れるのではないか。
ブシュロンの長年の夢が叶えられるのではないか。
ブシュロンは満面の笑顔で聞いた。
「名前は決めてあるのか?」
クロエはニワトリを優しくなでながら、嬉しそうに囁いた。
「……鈴鹿」
クロエと鈴鹿この二人が今、運命的出会いを果たしたのであった。
一方、ミュラーは群れの先頭のオルマを追い越そうと風車のような鞭捌きで黒いニワトリを叩き続けた。
怒ったニワトリはミュラーを背から放り投げる。
そしてニワトリの群れにミュラーは踏まれていった。
ブシュロンが無事を確認すると、ミュラーは痛みを堪えながら呟く。
「さすが名鳥、神山の血を引いていることはある。母父は外国産だが一流の血統だ……」
こいつ、事前に血統知ってて、乗りたいとかほざいたのか……。
「……名前とか決めてんのか?」
「羅王だ。やつがそう言っている」
その瞬間、ミュラーは羅王に蹴り飛ばされた。
ブシュロンが頭を掻きながら、この気性の荒さをどう治そうと悩ませた。
オルマも乗ったニワトリがお気に入りになったようで、空星と呼んでいた。
ブシュロンはこの時まだ知らなかった、この三羽が翌年のクラシックを沸かせる名鳥になることを。
調教師だ。
若いニワトリの育成をしている。
ブシュロンの朝は早い、夜が明ける前にはニワトリ小屋にいる若いニワトリに餌をやり、ブラッシングをして羽を綺麗にする。
ブシュロンが今管理しているニワトリは50羽、それぞれに愛情を注ぎながら世話をする。
小屋での仕事が終われば、牧場の運動場にニワトリたちを連れて、追い運動をさせる。
群れなすニワトリの走りをしっかりと観察する。
同じ品種のニワトリでも血統、生まれた牧場によって千差万別だ。
ブシュロンが気になったニワトリは直接騎乗し、ニワトリの走り心地を確認する。
一通り調教を終えたら、ニワトリから降り、足や体格の状態を確かめる。
そして一羽一羽の特徴を見極める。
この子はとにかく身体が丈夫だ、荷車を引かせるニワトリにしよう。
この子は丈夫な上にスタミナが豊富だ、そこまで速くは走れないし、アーペルが配達用のニワトリを欲しがっていたから、彼女に譲ってみよう。長距離移動がこの子の持ち味だな。
この国でニワトリは移動手段として主流だ。人々の生活には必要不可欠だ。農耕にも利用されるほどだ。
ニワトリはそのスタイルに合わせて用途が変わるものなのだ。
ブシュロンが手塩にかけたニワトリはその個性でそれぞれの道を歩んでいく。
ブシュロンはこの仕事に誇りを持っていた。
ニワトリの運動は夕方まで続く。
夜が訪れば再び小屋に入れ、ブラッシングをして、栄養満点の穀物を食させる。
そして夜更けになっても小屋にいるニワトリの状態を確認し、体調の管理をしている。
そういえば、ミュラーやジラールもずいぶんニワトリを乗りこなせるようになったものだな。
最初こそ、ニワトリに振り回されていたが、今や二人とも競技用のニワトリも乗りこなし、最近では闘鶏レースに参加できるようになったか。センスがあるな。この子たちもアイツらに乗る日がくるんだろうか。
闘鶏か……。
ブシュロンには叶えたい夢がある。
いつか自分が育てたニワトリで闘鶏ダービーに勝つことだ。
闘鶏ダービーに勝つことは一国の宰相になるより難しい。
この国の偉人が残した言葉だ。
実際ブシュロンはダービーに縁がない。
たしかに競技用のニワトリを何羽も育成したが、重賞勝ちすら成しえたことはない。
そのことがブシュロンの心を空虚にさせていた。
そんなある日、ミュラー、オルマ、クロエがやってきた。
何でも競技用のニワトリを見てみたいという。
ブシュロンは健康的で、とにかく足が速いニワトリを紹介した。
素人でもわかるかもしれない、競技用のニワトリの条件は足の速さ。
つまり運動場の追い運動で先頭を走るニワトリが競技用のニワトリとしてふさわしい。
ラップタイムもいい。
オルマは群れの先頭を走り続けるニワトリが気に入ったようだ。
ミュラーはその後ろで時折並びかける黒いニワトリに感心を寄せていた。
ブシュロンが黒いニワトリは走らんぞ、と伝えても、これは運命の出会いだとか、そんなジンクスはこいつと乗り越えてみせる、とかわがままを言っていた。
呆れたブシュロンは後で乗せる約束をした。
そんな中、クロエは群れの後方にいたニワトリに見とれていた。
ブシュロンはクロエのニワトリを見るセンスに意外に思った。
あのニワトリが最後方にいるのは、足が遅いからではない。臆病だからだ。
群れの中に入るのをとにかく嫌がる気性が難しいニワトリだ。
体格も良く、単走で追い切りをした時のタイムは先頭を走るニワトリにも負けない。
しかし気が荒い。
ベテランのブシュロンでも上手く乗りこなせないでいた。
しかしクロエはそのニワトリを気に入り、後で乗らしてくれと嘆願した。ブ
シュロンはクロエがニワトリに振り落とされないか、心配したが、クロエの熱意に負けた。
実際にクロエがニワトリに近づくと威嚇された。
ブシュロンはその様子に溜息をついたが、臆することなくクロエはニワトリに近づき、そのクチバシを優しく撫でた。
ニワトリが小さな鳴き声をあげると、クロエはくすりと笑顔を向けて、その背に跨った。
そして軽快に運動場を走り抜けていく。
ブシュロンは驚きを隠せなかった。
あれだけの気性難のニワトリを乗りこなすとは。
その走りは柔らかく、伸びがあった。大地を大きく跳ねた。
足が発達したニワトリは大跳びの特徴があると聞いたことはあるが、今まさにブシュロンが見せられた光景がそれだった。
まるで風のようだ。
騎乗を終えたクロエはこのニワトリで専属としてレースに参加してみたいと申し出た。
勿論、ブシュロンは快諾した。
この二人なら誰も見たことのない先頭の景色が見れるのではないか。
ブシュロンの長年の夢が叶えられるのではないか。
ブシュロンは満面の笑顔で聞いた。
「名前は決めてあるのか?」
クロエはニワトリを優しくなでながら、嬉しそうに囁いた。
「……鈴鹿」
クロエと鈴鹿この二人が今、運命的出会いを果たしたのであった。
一方、ミュラーは群れの先頭のオルマを追い越そうと風車のような鞭捌きで黒いニワトリを叩き続けた。
怒ったニワトリはミュラーを背から放り投げる。
そしてニワトリの群れにミュラーは踏まれていった。
ブシュロンが無事を確認すると、ミュラーは痛みを堪えながら呟く。
「さすが名鳥、神山の血を引いていることはある。母父は外国産だが一流の血統だ……」
こいつ、事前に血統知ってて、乗りたいとかほざいたのか……。
「……名前とか決めてんのか?」
「羅王だ。やつがそう言っている」
その瞬間、ミュラーは羅王に蹴り飛ばされた。
ブシュロンが頭を掻きながら、この気性の荒さをどう治そうと悩ませた。
オルマも乗ったニワトリがお気に入りになったようで、空星と呼んでいた。
ブシュロンはこの時まだ知らなかった、この三羽が翌年のクラシックを沸かせる名鳥になることを。