第35話 フィッシングオブフェンディ
文字数 2,045文字
夜明けの空の下、ミュラーとフェンディは海にいた。
ベガス湾の沖合をカヌーのパドルで海水を掻く。
ミュラーの腕力が強いためかカヌーの動きは速かった。
風で海面にはさざ波が立っていた。
その風に逆らいながら、カヌーは滑るように進んでいく。
カヌーの先端ではフェンディが気持ちよさそうに長く伸びた黒髪をなびかせる。
「ここでいいわ」
フェンディがそう告げるとミュラーはパドルの動きを止める。
誰もいない海上にポツンとカヌーだけが止まる。
フェンディの趣味であり、生きがいである釣りが始まる。
海面に釣り竿を伸ばすという行為は何もこんな早朝でやる必要はない。
ただの趣味なら昼下がりにお日様と日向ぼっこしてやればいい。
しかしフェンディの美学が、それを許さない。
それでは大物はおろか、小物すら釣れない。
彼女の魚釣りは大魚が彼女の愛竿で釣れた時のアタリの感覚、その多幸感を満たしてくれるもの、それが彼女の求めるものなのだ。
釣りは、やはり魚が釣れなくては面白くない、その数が多ければよし、大物が釣れればなおよし。
そこらの河原で釣りをしてボウズで終わる釣りなぞ、彼女は興味がないのだ。
そのためにわざわざ夜明け前にカヌーで沖合まできた。
自身の体力を温存するために、カヌーの漕ぎ手としてミュラーを連れてきた。
大物を釣る道具の一式は揃えてある。
フェンディはルアーと呼ばれる疑似餌を自作で作りこんだ。
それを釣り竿の糸の先にくくり付ける。リールも大物対策に改良を加えたものだ。より遠い距離へ、そして力強く引くために。
フェンディは大きく振りかぶり釣り竿を振るう。
先端のルアーは弧を描きはるか彼方まで飛んでから海面にポチャリと音を立てて、落ちる。
ポイントはそのルアーがまるで生きてるかのように海面を動くか。
それはフェンディの腕にかかっている。
彼女は巧みに釣り竿を操り、見事な動きでリールを回す。
全ては大物を誘うための理にかなったやり方だ。
そしてそれを何度も繰り返す。
眠そうなミュラーが欠伸をしながら眺めていたら、その瞬間は訪れた。
フェンディは身体が海面に引きずり込まれるような感覚に陥る。
釣竿が折れるように大きく曲がる。
アタリがきたのだ。
大物の。
彼女は力強く、慎重にリールを回す。
巧みな釣り捌き、大物が海中深く潜ったときは釣りザオを胸に抱くようにして堪える。
竿先が満月のように大きく曲がり、水面に達した。
彼女は踏ん張り、確実にリールでそれを引き寄せる。
激しい攻防が繰り返される。
この瞬間こそ、彼女の至福の時なのだ。
脳内で快楽物質で満たされていく。
やがて力尽きた大物は彼女のリールに引き寄せられ、カヌーの近くの海面へと魚影を現わす。
すかさずフェンディは長く伸びた魚網でそれを捉える。
そしてカヌーの中へと大物を投げ込む。
大物の正体はハマチであった。
大きさは彼女の身体の半分くらいはあるだろう。
フェンディは無造作にナイフでそのエラを切り裂く。
血しぶきがミュラーの顔に降り注いだ。
そして、顎から腹までナイフで切り開く。
そして躊躇なく、その臓物を海面へと投げ捨てる。
ハマチは瞬く間に、フェンディによって解体された。
ミュラーはその光景のおぞましさに吐き気が走った。
無理もない、陸育ちのミュラーはこんな大きな魚を見たことはなく、それを食する文化もないのだ。
彼の故郷では魚は神聖な生物だった。
それをフェンディは迷うことなく、手慣れた手つきでバラバラにしていく。
蛮族の所業だと心の底から思った。
そして手のひらサイズの切り身をミュラーに差し出した。
「新鮮で活きのいいヤツあげるわ」
フェンディは満面の笑みだった。
しかしミュラーには邪悪な顔に見えた。
切り身を見る。
色がおかしい。鮮やかな色ではなく、かといって白身のように洗練されたものでもない、ところどころ赤く、灰色の線が入ったモノだった。
ウシの肉でも、トリの肉でもない未知の物体だった。
これを食べろと言うのか
ミュラーは躊躇った。
しかしフェンディのその輝く笑顔を曇らせたくはなかった。
勇気を持ってそれを口の中に放り、恐る恐る噛む。
するとサッパリとした味わいに、柔らかい歯応え、そしてなんとも言えないあっさりとした脂が舌を包み込む。
まるで舌がとろけてしまうような感覚に陥る。
絶品だった。
初めて味わう生魚の味わいに感動を覚えた。
するとフェンディが持ってきた地酒を椀に注ぐ。
「一献飲みなさい。極上の味わいよ」
その酒をクイッと飲む。
まるで天国に行くような感覚に陥った。
甘く、きりっとした地酒の味わいは口の中の生臭さを消失させ、芳醇に満たしてくれた。
そして腹は至福に満たされ、全身に酔いが回ったミュラーにはもう陸に戻る気は無くなっていた。
方向音痴のフェンディが代わりにカヌーを漕ぐと、二人は大海を彷徨った。
水難事故を起こした二人が漁船に救助されたのは二週間先の話だ。
ベガス湾の沖合をカヌーのパドルで海水を掻く。
ミュラーの腕力が強いためかカヌーの動きは速かった。
風で海面にはさざ波が立っていた。
その風に逆らいながら、カヌーは滑るように進んでいく。
カヌーの先端ではフェンディが気持ちよさそうに長く伸びた黒髪をなびかせる。
「ここでいいわ」
フェンディがそう告げるとミュラーはパドルの動きを止める。
誰もいない海上にポツンとカヌーだけが止まる。
フェンディの趣味であり、生きがいである釣りが始まる。
海面に釣り竿を伸ばすという行為は何もこんな早朝でやる必要はない。
ただの趣味なら昼下がりにお日様と日向ぼっこしてやればいい。
しかしフェンディの美学が、それを許さない。
それでは大物はおろか、小物すら釣れない。
彼女の魚釣りは大魚が彼女の愛竿で釣れた時のアタリの感覚、その多幸感を満たしてくれるもの、それが彼女の求めるものなのだ。
釣りは、やはり魚が釣れなくては面白くない、その数が多ければよし、大物が釣れればなおよし。
そこらの河原で釣りをしてボウズで終わる釣りなぞ、彼女は興味がないのだ。
そのためにわざわざ夜明け前にカヌーで沖合まできた。
自身の体力を温存するために、カヌーの漕ぎ手としてミュラーを連れてきた。
大物を釣る道具の一式は揃えてある。
フェンディはルアーと呼ばれる疑似餌を自作で作りこんだ。
それを釣り竿の糸の先にくくり付ける。リールも大物対策に改良を加えたものだ。より遠い距離へ、そして力強く引くために。
フェンディは大きく振りかぶり釣り竿を振るう。
先端のルアーは弧を描きはるか彼方まで飛んでから海面にポチャリと音を立てて、落ちる。
ポイントはそのルアーがまるで生きてるかのように海面を動くか。
それはフェンディの腕にかかっている。
彼女は巧みに釣り竿を操り、見事な動きでリールを回す。
全ては大物を誘うための理にかなったやり方だ。
そしてそれを何度も繰り返す。
眠そうなミュラーが欠伸をしながら眺めていたら、その瞬間は訪れた。
フェンディは身体が海面に引きずり込まれるような感覚に陥る。
釣竿が折れるように大きく曲がる。
アタリがきたのだ。
大物の。
彼女は力強く、慎重にリールを回す。
巧みな釣り捌き、大物が海中深く潜ったときは釣りザオを胸に抱くようにして堪える。
竿先が満月のように大きく曲がり、水面に達した。
彼女は踏ん張り、確実にリールでそれを引き寄せる。
激しい攻防が繰り返される。
この瞬間こそ、彼女の至福の時なのだ。
脳内で快楽物質で満たされていく。
やがて力尽きた大物は彼女のリールに引き寄せられ、カヌーの近くの海面へと魚影を現わす。
すかさずフェンディは長く伸びた魚網でそれを捉える。
そしてカヌーの中へと大物を投げ込む。
大物の正体はハマチであった。
大きさは彼女の身体の半分くらいはあるだろう。
フェンディは無造作にナイフでそのエラを切り裂く。
血しぶきがミュラーの顔に降り注いだ。
そして、顎から腹までナイフで切り開く。
そして躊躇なく、その臓物を海面へと投げ捨てる。
ハマチは瞬く間に、フェンディによって解体された。
ミュラーはその光景のおぞましさに吐き気が走った。
無理もない、陸育ちのミュラーはこんな大きな魚を見たことはなく、それを食する文化もないのだ。
彼の故郷では魚は神聖な生物だった。
それをフェンディは迷うことなく、手慣れた手つきでバラバラにしていく。
蛮族の所業だと心の底から思った。
そして手のひらサイズの切り身をミュラーに差し出した。
「新鮮で活きのいいヤツあげるわ」
フェンディは満面の笑みだった。
しかしミュラーには邪悪な顔に見えた。
切り身を見る。
色がおかしい。鮮やかな色ではなく、かといって白身のように洗練されたものでもない、ところどころ赤く、灰色の線が入ったモノだった。
ウシの肉でも、トリの肉でもない未知の物体だった。
これを食べろと言うのか
ミュラーは躊躇った。
しかしフェンディのその輝く笑顔を曇らせたくはなかった。
勇気を持ってそれを口の中に放り、恐る恐る噛む。
するとサッパリとした味わいに、柔らかい歯応え、そしてなんとも言えないあっさりとした脂が舌を包み込む。
まるで舌がとろけてしまうような感覚に陥る。
絶品だった。
初めて味わう生魚の味わいに感動を覚えた。
するとフェンディが持ってきた地酒を椀に注ぐ。
「一献飲みなさい。極上の味わいよ」
その酒をクイッと飲む。
まるで天国に行くような感覚に陥った。
甘く、きりっとした地酒の味わいは口の中の生臭さを消失させ、芳醇に満たしてくれた。
そして腹は至福に満たされ、全身に酔いが回ったミュラーにはもう陸に戻る気は無くなっていた。
方向音痴のフェンディが代わりにカヌーを漕ぐと、二人は大海を彷徨った。
水難事故を起こした二人が漁船に救助されたのは二週間先の話だ。