第73話 出征前夜

文字数 2,436文字

 ミュラー19歳の時、転機が訪れた。

 大陸西部のトワレ連合と北部のグラスランド連盟が共に宣戦布告したのだ。

 トワレ連合は大国トワレを中心にティアマト、アムリッツといった大国の連合国家であり、西大陸を支配していた。

 対するグラスランド連盟は大陸の北を支配しており、ザクセン、キエフ、ファルツ、ケルン、マインツといった国家群が同盟を結んだ大国家群である。

 この二つの勢力が大陸を二分し、大きな争いの火蓋が切られたのである。

 また、大陸の南に位置するビガロス神聖国、ルシア帝国もこれを皮切りに大陸の進出の機会を伺っていた。

 また、ミュラーの故郷であるアユタヤ王朝もこの動乱を静観するわけにはいられなかった。

 ミュラーが今住んでいる島国、サラブも戦乱に巻き込まれようとしていた。

 後の世に言われる統一戦争の幕開けなのである。

 不本意ながら、ミュラーも国家の争いに身を投じることとなる。

 
 ブシュロンがチームメンバーを集めて、険しい顔で説明する。
「ハンター本部から指令が下された。トワレのイゼル要塞に出向することになった。……ハンター組合が戦争に参加することになった。もちろんトワレ連合の味方としてな。北側は反ハンター国家だから仕方あるまい」
 その言葉にチームは重い空気が漂い始めた。
 動揺を隠せないクロエがブシュロンに尋ねる。
「それって、私達が戦争に参加しろってことなんですか?」
 ブシュロンが短く答える。
「そうだ」
 アーペルが抗議するようにブシュロンに言葉を投げる。
「私達の武器は獣の狩りをするものだ。人を殺す為じゃない。この中には従軍経験は勿論、人を殺した者だっていないはずだ。我々の手を血に染めろ言うのか」
 眉をひそめたブシュロンが低い声で答える。
「これは組合の指令だ。ただ私は皆んなに強制するつもりはない。ハンターの資格は失うが、不参加の者は申し出てくれ。私もこんな形で皆んなを失いたくない……」
 ジラールが冗談っぽく聞く。
「これって仮病使えるのか?」
「隣にいるオルマが戦死した時、お前はそれで自分が許せるか?」
 ジトリとオルマがジラールを睨む。
 ジラールは罰が悪そうな顔をしていた。
 暗い雰囲気の中、ブシュロンは説明を続けた。
「今すぐ答えを出せというわけではない。一日の猶予を設ける。明日には結論を出してくれ。出征日は追って知らせる。……よく考えておくんだ」
 そう告げて、ブシュロンは立ち去った。
 いいしれぬ不安がチームの中に漂う。
 デルヴォーが不満を漏らす。
「いきなり戦争に参加しろって言っても、戦の仕方なんかわかんねぇよ。俺達は獣の狩りのプロなんだ。人殺しは素人なんだよ!」
 するとアーペルが小さな声でデルヴォーに耳打ちする。
「いや、我々と違う奴が一人いるぞ……」
 みんなの冷たい視線が俺に送られる。

 なんだその目は。

 俺は言い返す。
「ジラールだって元傭兵だし、オルマだって、こないだの事件の時、殺ったはずだ」
 ギクリとしたジラールとオルマが気まずそうにしていた。
 すかさずジラールが俺に言葉を返す。
「傭兵の時とかはよ、盗賊とか悪人相手にしてたから仕方ねぇだろ。流石にオレも戦なんてやり方わかんねーよ。いきなり剣とか槍持って戦えって言われても無理だぜ」
 冷静なアーペルがジラールの不安を打ち消す。
「流石に、従軍経験の無い私達が最前線に出ることはないだろう。いいところ、補給部隊か後方の予備軍だ」
 俺がその言葉に水を差す。
「俺の故郷じゃ、初陣は長槍持って、一番槍を誉れとする」
 俺の言葉に情緒不安定だったクロエがブチ切れる。
「あんたは黙ってて! 皆んなが不安なのわかんないの!!」

 口論になりかけたが、ジラールとオルマに無理矢理外へ連れだされる。

 何故皆んなが不満を持っているのか、わからん。

 何故、戦の話になったら空気が重くなるのだ?

 戦場で剣を振るのと狩りで剣を振るのに大差はないだろう。

 俺が疑問に思っているとジラールが肩に手を置く。
「お前だって、新婚なんだろ? 戦争になったらしばらく帰れねーし、最悪戻って来れねーぞ。行く気満々なのはわかるが、嫁さんは絶対悲しむぞ」

 しまった。
 失念していた。
 ルカとしばらく会えない! 
 それは大問題だ!

 すぐさま俺は家に帰った。

 ルカに戦争に行くことになると伝えた。
 するとルカは愕然とした表情をし身を震わせ、涙を浮かべた。
 そして最後になるかもしれないから、と前置きして夕飯を並べた。
 なんで戦になると、重苦しい空気になるんだ。
 戦勝を祝ってくれ。

 するとルカは絞るような声を出す。
「走って、走り抜けて。それで帰ってきてね。約束して」
 ルカの言葉に疑問を持ったが、口に出さなかった。ただ一言。
「必ず帰るから。また夕飯作ってくれ」
 その言葉にルカは、ほろ苦い笑顔を浮かべ、涙をこぼした。

 しばらくすると、ジラールが家に訪れた。
「今から飲もうぜ。皆んな集まってるぞ」

 無法者の楽園では盛大に宴会が開かれていた。
 昼間、あんなに辛気臭かった皆んなが集まっていた。
 ジラールに尋ねると最後の酒宴になるからだと答えた。
 ブシュロンは勿論、オルマやクロエにフェンディ、アーペルやデルヴォーもいる。
 俺も勝利を願いながら一献を飲み干す。
 意外なことにクロエやアーペル、フェンディは泥酔していた。
 オルマがポツリと呟く。
「不安だから酔ってるんだよ。悲しいねー」
 ジラールもその光景を見ながら、寂しく蒸留酒を飲む。
「ここにいる奴らはみんな覚悟が決まったんだな……」
 すると、ジラールが持っている盃の手が震えていた。
 それを見た俺は微笑み、言葉をかける。
「大丈夫だ。みんな死なせん。またここで酒を飲み合おう」
 そう言って、ジラールの盃に自分のグラスを合わせた。
 それを見たオルマも一緒に乾杯をする。
「うん、みんなで飲もうー。そしたら狩りに行こうー」

 生きて帰る。

 そう誓い、グラスをあけた。

 そしてみんなで飲み騒ぐ光景を目に焼きつけた。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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