第80話 性なる夜の悲劇

文字数 3,371文字

 冷たい夜風が夜の街を包む。
 季節は冬が迫ってきており、これから北東の国へ向かうミュラー達には久しぶりの、初めての雪すら垣間見えることだろう。
 このトワレの南に位置するトゥールの街も夜になれば肌寒い。

 そのためではないがミュラーとジラールは人肌の温もりを求めた。
 繁華街の街灯が白い光から、朱色や紫色に染まりつつある。
 歩道に行き交う人々も家族連れなぞ皆無であり、ミュラー達と同じ目的のむさ苦しい男達や派手な化粧の女性達ばかりである。
 ミュラーは常々思う。

 何故売春宿の看板はピンク色なのだ?

 ミュラーの疑問なぞよそに、ジラールはスタスタと歩き、目的の場所まで足早に夜の街路を進む。
 そして立ち止まる。
「ここだぜ」
 ジラールが選ぶ店はいつも高級感が佇む、上等な娼館だ。
 受付もさっきまで歩いていた軒先には老婆が呼び込みをしていたが、この店は清潔感のある上品な服で身を包む、礼儀正しそうな男が対応している。
「いらっしゃいませ、一晩銀貨50枚になります。ご希望のコースはありますか?」
 爽やかな笑顔の先には淫乱な女達が待っていると思うとミュラーは複雑な気持ちになる。
 ジラールは臆することなく、堂々と欲望の言葉を放つ。
「銀貨100枚渡す。この店で一番イイ女を頼む。勿論若い女の子だ」
 ジラールとミュラーから銀貨を受け取ると、男はニヤリと笑い、店の扉を開けて建物の中に案内する。
 用意されたソファにジラールとミュラーは座り、男は告げる。
「少々お待ち下さい。こちらでお寛ぎを。おい、君たち、お客様のお相手をしなさい」
 まだ未発達な禿の娘達が男の言葉に従い、葡萄酒とグラスを持って、ミュラーやジラールにたどたどしく酌をする。
 ミュラーは勧められた葡萄酒をゆっくり飲みながら、年端も行かない娘達を見て複雑な気持ちになる。

 ルカもこういうことをしてたのか。
 ルカは今の俺を見てどんな気持ちになるだろうか。

 ミュラーのこころ苦しい胸中なぞお構いなしに、ジラールはスケベそうな顔をしながら葡萄酒をガバ飲みし、小さな女の子の肢体を弄る。
 ミュラーはその行為に軽蔑した。
 そんなミュラーの視線を気にもせず、ミュラーに機嫌良く話しかける。
「せっかくの性なる夜だ。豪勢に行こうぜ。しかしどんなコースが待ってるんだろうなぁ? オレはいつもスタンダードなやつなんだけど、お前は場数がスゲェから色々知ってんだろ?」
 確かにミュラーは娼館を通い詰めてた時期があった。
 しかしルカとの逢瀬ではいつもノーマルなプレイだった。
 中には縛ったり、鞭を打ったりするものもあるし、その逆もある。
 だがミュラーはルカにそんなものを求めたことはなかった。
「……目隠しとか罵倒されるプレイとかが流行ってたな」
 ジラールは瞳をキラキラさせながら、心を弾ませる。
「たまんねぇな! 胸のワクワクが止まらねぇぜ! おい、嬢ちゃん、グラスに酒を入れてくれ」
 すると男が現れてミュラー達に告げる。
「お待たせ致しました。当店自慢の姫達をご用意させて頂きました。お好みの姫を指名して下さいませ」
 俺がパンパンと両手を叩くと、何人もの美女達が現れてくる。
 ミュラーが驚いたのは全員が水着姿で現れたことだ。

 こういう時は派手なドレスを着飾るものだが、水着とは大胆な。
 この国の風俗文化か、この店の趣向か。
 現れた水着の美女達は全員人族の若い娘達であった。
 宗教文化のせいだろう。
 どうも亜人はこの国ではウケが悪い。
 せっかくだしエルフとかは一度は抱いてみたかったな。
 しかし、水着の美女達は顔立ちは美人から可愛い顔立ちの娘が揃い、スタイルもフェンディのような豊満な胸を持つ者から、オルマのような貧乳だが、スタイルが抜群のような娘まで揃っていた。

 舐めるような目でジラールが水着の美女達を眺めながら、ミュラーに囁く。
「おい、ミュラー。変化の魔法を相手にかけてくれるか? あの巨乳の嬢ちゃんにアーペルそっくりに変化させてくれ」
 ミュラーはジラールの言葉に耳を疑った。

 コイツ、アーペルのことが……。

 そんなミュラーの驚きの表情を見て、ジラールは否定する。
「いや、あの高慢ちきで小言が多いアーペルに、キツめのプレイで男の欲望をぶつけて、屈服させたくてだな」
 ジラールがミュラーに懇願する。
 仕方なく、目の前の水着の豊満な胸を持つ娘に変化の魔法を発動させる。
 娘はアーペルそっくりの顔になった。
 ミュラーの魔法に驚く娘達だったが、それ以上にジラールは大興奮し、男に向かって指を差しながら歓喜の言葉をかける。
「オレはこの娘に決めた! プレイ内容は目隠しのハードプレイだ」
 男は上品にお辞儀をし、アーペルそっくりの娘がジラールの手を取り、奥の部屋へと案内する。

 残されたミュラーは逡巡する。

 どうもこういう店に来るとルカの顔を思い出してしまう。
 ルカとなら家で散々ヤレるじゃないか。
 せっかくだから全く違うタイプな女の子を選ぼう。
 家に戻ればおそらく娼館なんていけないから、今夜は特別だ。

 そこにルカに純愛を貫く決意を固めたミュラーはいなかった。
 改めてミュラーは水着の女の子の顔をよく眺め見る。
 その中にクロエによく似た娘がいた。勿論本人よりもスタイルはよく、胸も大きい

 クロエか……。アイツ、俺のこと馬鹿にすることが多いし、ここでお仕置きをしてやることにするか。

 ミュラーはクロエによく似た水着の美女を指名し、奥の部屋へと誘われた。
 部屋は少し特殊だった。
 風呂とベッドが一つの部屋にあり、その風呂は泡まみれになっていた。
 クロエによく似た水着の美女がミュラーに伝える。
「まずは着ているものも脱いで下さい。この泡風呂でご主人様のお身体を清めさせて頂きます。精一杯ご奉仕します」

 この泡風呂でオレの身体を洗うシステムなのか。
 いいだろう、その身体で綺麗にしてもらうぞ、クロエ。

 泡風呂の中は薔薇色の香りがした。
 美女がミュラーの身体をその肢体で洗う。
 手だけでなく。
 胸を擦りつけるようにミュラーの背中や胴、首や臀部を満遍なく洗う。
 その行為にミュラーは悦に浸った。

 なかなか従順なクロエもいいじゃないか。
 本人もこれぐらいのサービス精神を持って欲しいものだ。

 一通りミュラーの身体が洗い終わると美女が耳元で囁く。
「そろそろ本番ですよ」
 その言葉にミュラーは勢いよく泡風呂を立ち、タオルで濡れた身体を拭いた。
 すると部屋の外から叫び声が聞こえる。
「火事だー!! 全員外へ避難しろ!!」
 唐突の言葉に呆然になるミュラーだったが、クロエ似の美女に手を取られ、着替える暇もなく、娼館の外へと避難誘導される。

 外に出ると、ジラールも全裸で蹲っていた。
 夜風の冷たさに身震いしていた。
 捨てられた子犬のようだった。
 ミュラーは少し不憫に思えた。
 アーペルに化けた美女が慰めていた。

 館は盛大に燃えていた。
 どうしたものかとミュラーはタオルで下半身を巻いた。

 貴重な武器や道具を持ってきてなかったのが幸いだったな。
 クロエ似の美女も頭を下げていたが、寧ろ水着姿の彼女の不憫に思った。
 それに館がこうも燃えては商売にならないだろうと同情していた。

 すると火事の野次馬に紛れて、本物のクロエとオルマが眼前に現れた。
 たまたま出掛けていた二人は虫ケラを見るような侮蔑の目で蔑んでいる。
 非常に顔を険しくさせて、オルマが尋ねる。
「……二人とも何やってんのー? 側にいる人クロエに似てるねー?」

 必死に弁明しようとしたが、言葉が口から出て来ない。

 すかさず、氷のように冷たい目をしたクロエが指摘する。
「……気持ち悪い、気持ち悪いわ……。ジラールの側にいる人はアーペルそっくりね……。……どうやらお楽しみの最中だったみたいね。……火事で死ねばいいのに……」
 オルマとクロエは見てはいけないものを見てしまったかのような顔をして、その場を立ち去ろうとする。
 最早、火事で仲間の身を案じる気持ちは毛頭ないようだ。
 そして、ミュラーに聞こえる声でボソッと呟く。
「ルカちゃんに言いつけてやろう」
 死刑宣告とも言える言葉にミュラーは凍りつく。
 そして夜の街で叫ぶように必死に弁解する。
「これは違う! 違うんだー!!」

 その魂の叫びは夜の街に虚しく響き渡った。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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