第85話 木こり

文字数 1,789文字

 リアム率いるミュラー達一行は今グラスランド、ザクセン領内の山の奥にいる。
 リアムが地図を眺めながら、呟く。
「ふむ、この樹海の山道は地図に記載されてないな。実に興味深い。ここを東に抜けるとグラスランドのブランデンブルク要塞に辿りつけるらしい。ボヘミア街道だけが交通路というわけではない訳か。ふむ」
 リアムの言葉にミュラーは私見を述べる。
「移動するならボヘミア街道だが、距離だけを考えればこの山を抜けた方が国境に近い。だがこの山道を知ってるのは地元の住民ぐらいだ。そもそもこんな獣道、行軍には向かない」
 リアムはミュラーの意見を聞くと満足気な顔になり、深く頷く。
「演奏は酷いが、この中でまともな意見を言えるのはお前ぐらいだ、ミュラー。仮にグラスランド軍の大将が負けて逃走を図った場合、ボヘミア街道かこの樹海、どの道を選択すると思う?」
 ミュラーが迷わず答える。
「ボヘミア街道はまず無い。逃げる時に掃討追撃されるし、野盗や寝返りをする奴に襲われる可能性が高い。まずこの樹海で身を潜めながら、要塞に逃げ込むだろう」
 ミュラーの判断にリアムは感心し、笑みを浮かべた。
「私もそう思う。ミュラー、優秀じゃないか。流石アジムート将軍の子息だな」
 山道に疲れたフェンディが尋ねる。
「じゃあここで待ち伏せするの?」
 リアムは深く溜息をする。
「馬鹿かお前、会戦での勝敗が定かでもない。そもそも会戦が発生するかどうかもわからないのに、何日も待ち伏せする気か。頭の中が空なのか。クロエといい、馬鹿の集団だな。ミュラーだけがまともだな」
 リアムの叱責にフェンディは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
 そこにブシュロンが疑問を投げる。
「ではどうするので? 来るかどうかもわからない敵軍に、予め味方の軍を配置させるわけにもいかないだろう?」
 リアムは笑みを歪ませて、指示を出す。
「諸君、しばらく旅の楽団は止める。今日から木こりになるぞ。木々を倒し、樹海の獣道を塞ぎ、山の至る所で落とし穴を掘る。どうせこの山は使われてないから森林伐採したところで文句を言う奴はいまい。この樹海を死の樹海にしてやろう」
 わざわざ山の樹海に入り、木を刈るという重労働の任務が下された。
 一同は戸惑いの様子を見せる。
 ミュラーだけ演奏から解放されて満面の笑みだった。
 ジラールが堪らず口答えする。
「話し聞く限りだと、それ意味ねーんじゃねぇのか? 来るか来ないかわかんねー所なんだろ?」
 リアムはジラールをギロリと睨みつける。
「ジラール君、戦いの二手三手先を読むものなんだよ。来なければ君らが徒労に終わるだけだ。しかし、ミュラーの言った通り敗走した敵軍がこの山道を利用すればここは奴らの死地になる。私は別任務がある為、数日ここから離れる。ブシュロンが指揮をとれ、しっかり森林伐採しておいてくれ。あーくれぐれも身元はバレないように。これは隠密の破壊工作だ。厳命するぞ、グラスランドの連中には気付かれずにやれ」
 リアムは足早に立ち去る。
 残されたミュラー達は沈黙した空気に包まれた。
 オルマが空元気な声で励ます。
「さぁ木こりさんになろうかー。 はは、まぁいいじゃない、木を倒すだけなんだから。槍持って人殺すよりマシだよ……」
 ジラールが嘆息する。
「海賊相手の方がマシだったぜ。あ、山賊が出たらどうしたらいいんだろうな。ミュラーわかるか?」
 ミュラーはタバコに火をつけながら、答える。
「グラスランド軍にバレなきゃいいんだ。山賊や盗賊が現れたら、この山で生き埋めにしても問題あるまい」
 フェンディは大剣を振るい、大樹を薙ぎ倒し始めた。
 そして不満を漏らす。
「なんなのあの隊長! 性格悪すぎでしょ! あのクソ野朗がっ!」
 数日間、木を倒す音が山中に鳴り響いた。
 それまで溜めていたストレスをぶつけるように、ミュラー達は渾身の力を込めて木々を倒した。
 そして山道の至る所で穴を掘った。
 張り切っていたミュラーは落とし穴に仕掛けを作る。
 何やってんの、みたいな顔でクロエが尋ねたら、ミュラーは胸張って答える。
「穴の底に竹槍を仕込んでる。落ちれば串刺しだぞ! 見ろ! いい出来だろ!」
 ミュラーの眩しい笑顔を見て、クロエは不安に思った。

 戦争が人をおかしくさせるのか、ミュラーの頭のネジが吹っ飛んでいるのか。

 クロエは戦争の厳しい現実を目の当たりにした。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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