第95話 リアムの頼み
文字数 2,724文字
トワレの東に南北に連なるアルプ山脈、ミュラー達はそこで以前のように、山地工作をしていた。
前回と異なることは、罠を仕掛けるより、山道を敢えて作ったり、塹壕のようなものを掘ったり、穴を掘る作業が多い。
特に辛かったのがリアムに、
「土壌が柔らかい所は調べた。そこに地下壕と地下道を作り上げてくれ。一つの街が出来上がるくらい広い範囲で仕上げろ」
という無情の言葉と手渡されたスコップだった。
汗だくになったジラールが堪らず根を上げる。
「リアムのクソ野朗何考えてんだー! 俺達は鉱山労働者じゃねーんだぞ! いや鉱山掘ってた方が夢がある! なんでこんな無駄にでかい山で穴掘りなんかしなきゃなんねーんだ!」
倒れ伏すジラールに泥塗れのミュラーは見下すように、窘める。
「この根性無しが、少しは頭を使え」
するとミュラーは土魔法で土壌を操り、あっさりと地下道を形成する。
それを見たジラールは唖然とし、魔法の便利さを痛感し、ミュラーに弱音を漏らす。
「もう、お前一人でやればいいじゃねーか」
ミュラーはやれやれといった具合に両手を上げて、ジラールを諭す。
「馬鹿言うな。この山脈がどれだけ広大だと思ってる。魔力切れを起こすだろ。アーペルだって慣れない土魔法で頑張ってる。魔法でできる限りのことはするが、限界がある。そこの土の壁に向かってハーミットを放ってくれ。できるだけデカいヤツを頼む」
ミュラーに言われた通り、その方向めがけてジラールはハーミットで収束された光弾を放つ。
凄まじい閃光と大地の揺れ、土埃の先には光弾の爆発で削られた土の大穴だった。
その光景に思わずジラールがニヤける。
オルマが現れ、羨ましそうな声をかける。
「二人は便利なモノ持ってるよねー。アタシなんて糸しか使えないから、マジで手作業だよー」
そんな弱気そうなオルマの背後には数十人の屈強な男達が控えていた。
ジラールが堪らず指摘する。
「なんだ、そいつら?」
「え? 近くの街で雇ったよー。みんなやってるよー。まさかジラール、この山をメンバーだけでスコップで掘るつもりだったのー?」
「汚ねぇぞ! 最初から教えろ!」
オルマに傍らにいるクロエが嘆息して、ジラールに説く。
「普通、言われなくても考えてそうすると思うけど……」
チームの皆がジラールの滑稽さを笑い合いながら作業を進めていた。
アルプ山脈の掘削作業は困難を極めたが、至って順調だった。
だがミュラー達は内心、不安を抱えていた。
先日の要塞失陥の悲報が脳裏に過ぎる。
果たして前線はどうなってしまったのか。
自分達はこんなところで穴掘りや山道の整備作業をしてていいのか。
ミュラー達は不安を掻き消すように黙々とスコップを手に取り、土をどかし続けた。
するとこの労作業を一切手伝わないリアムが様子を見にきた。
「なかなか順調そうだな」
泥はおろか埃一つない軍服姿のリアムを見て、ミュラー達は怒りを覚えた。
労う言葉もなく、呑気に感想を述べたところも反感を買った。
ブシュロンが青筋を立てながら、作った笑顔で答える。
「雨天もなく、危険な獣がいないので、作業は今の所問題ない。崩落事故も起こる様子はないようだ」
リアムは汗と泥まみれのブシュロンを一瞥だけして、ミュラーの方に近づく。
皆は、またミュラーがしでかしたとそわそわしていた。
ジラールとオルマだけニヤついていた。
ミュラーは少し怯えながら、リアムに小声で訴える。
「俺はまだ悪いことしてないぞ……」
「そうじゃない。ミュラー、君にしか頼めないことだ。どうか聞いて欲しい」
不遜な態度のリアムが懇願するような目でミュラーに頼み込む。
ミュラーには嫌な予感が走った。
「……言ってみろ」
「現在グラスランドに進駐していた軍は本国の前線まで敗走中だ。だが奇跡的にも潰走せず、組織的に軍勢として撤退している。おそらく前線で立て直すだろう。その部隊を指揮している将軍をこちらに来るように説得してもらいたい」
「俺は口下手だ。適任者ならブシュロンやアーペルの方がいいだろう。何故俺を指名する」
「……君の難しい家庭環境はすでに調べてある。その上で頼んでるんだ。実はその敗走してる軍勢をまとめ上げている将軍は少々気難しい性格の持ち主でね。僕やブシュロンぐらいじゃ説き伏せるのは困難なんだ」
ミュラーの全身が震え、冷や汗がダラダラと落ちる。
そしてとてつもない無理難題がリアムの言葉から発っせられる。
「アユタヤの軍神アジムートを説得するのに力を貸して欲しい。彼の子息である君にしかできないことなんだ」
ミュラーはその言葉で目眩がした。
やはり生きていたか……。
心の底ではこれで戦死してくれれば、久々に故郷に帰って、安心してルカに祖国の景色を見せてあげようと思ったが……。
ミュラーのとてつもなく嫌そうな顔を察して、リアムがミュラーの前で膝をつき懇願する。
「頼むミュラー! アジムート将軍の力がなければ、この戦争はもっと悲惨なものになる。どうか頼まれてくれ」
気付けばリアムはミュラーの前で土下座をしていた。
あの傲岸不遜な振る舞いをしていたリアムがここまでする姿に、皆は動揺した。
硬直していたミュラーに、まずフェンディが非難の声を上げる。
「行ってやりなさいミュラー、この男がここまでするなんて……。まさか断るつもりじゃないでしょうね?」
次にクロエがミュラーを糾弾する。
「部下の私達の前で土下座なんて……。隊長が恥も外聞も捨てて頼んでるのよ!? ミュラー、父親に会うぐらいいいじゃない! 私なんて両親に会いたくても会えないのよ!?」
オルマはミュラーの逃げ道を塞ぐ。
「ここまで頼み込むからには、きっと君が行かなきゃこの戦いは負けるねー。ミュラーはアタシ達が戦死してもいいのー? ミュラーの下らない意地なんかのためにアタシら死んじゃうのー?」
ミュラーは内心毒づいた。
勝手なこと言いやがる!
みんなアジムートがどんなヤツだか知らないから言えるんだ!
だが、ミュラーは元来情に脆いところがある。
リアムという誇り高き男が、今全てを投げ捨てて自分の前で手をついて頭を下げている。
この男だけはアジムートに会うという意味がわかっている。
それはミュラーに死地へ赴くという意味だと理解して、頭を垂れている。
その覚悟にミュラーの心は打たれた。
だがまだ膝が震えている。
そこへジラールが歩み寄り、ミュラーに短刀を手渡す。
「以前お前が刻んだ魔法陣が仕込んである。もしもの時はそれを発動させろ。辺りいっぺんが爆散する」
ジラールから受け取った短刀を握り締め、ミュラーは父に会う決心をした。
死ぬ時はヤツも道連れだ!
前回と異なることは、罠を仕掛けるより、山道を敢えて作ったり、塹壕のようなものを掘ったり、穴を掘る作業が多い。
特に辛かったのがリアムに、
「土壌が柔らかい所は調べた。そこに地下壕と地下道を作り上げてくれ。一つの街が出来上がるくらい広い範囲で仕上げろ」
という無情の言葉と手渡されたスコップだった。
汗だくになったジラールが堪らず根を上げる。
「リアムのクソ野朗何考えてんだー! 俺達は鉱山労働者じゃねーんだぞ! いや鉱山掘ってた方が夢がある! なんでこんな無駄にでかい山で穴掘りなんかしなきゃなんねーんだ!」
倒れ伏すジラールに泥塗れのミュラーは見下すように、窘める。
「この根性無しが、少しは頭を使え」
するとミュラーは土魔法で土壌を操り、あっさりと地下道を形成する。
それを見たジラールは唖然とし、魔法の便利さを痛感し、ミュラーに弱音を漏らす。
「もう、お前一人でやればいいじゃねーか」
ミュラーはやれやれといった具合に両手を上げて、ジラールを諭す。
「馬鹿言うな。この山脈がどれだけ広大だと思ってる。魔力切れを起こすだろ。アーペルだって慣れない土魔法で頑張ってる。魔法でできる限りのことはするが、限界がある。そこの土の壁に向かってハーミットを放ってくれ。できるだけデカいヤツを頼む」
ミュラーに言われた通り、その方向めがけてジラールはハーミットで収束された光弾を放つ。
凄まじい閃光と大地の揺れ、土埃の先には光弾の爆発で削られた土の大穴だった。
その光景に思わずジラールがニヤける。
オルマが現れ、羨ましそうな声をかける。
「二人は便利なモノ持ってるよねー。アタシなんて糸しか使えないから、マジで手作業だよー」
そんな弱気そうなオルマの背後には数十人の屈強な男達が控えていた。
ジラールが堪らず指摘する。
「なんだ、そいつら?」
「え? 近くの街で雇ったよー。みんなやってるよー。まさかジラール、この山をメンバーだけでスコップで掘るつもりだったのー?」
「汚ねぇぞ! 最初から教えろ!」
オルマに傍らにいるクロエが嘆息して、ジラールに説く。
「普通、言われなくても考えてそうすると思うけど……」
チームの皆がジラールの滑稽さを笑い合いながら作業を進めていた。
アルプ山脈の掘削作業は困難を極めたが、至って順調だった。
だがミュラー達は内心、不安を抱えていた。
先日の要塞失陥の悲報が脳裏に過ぎる。
果たして前線はどうなってしまったのか。
自分達はこんなところで穴掘りや山道の整備作業をしてていいのか。
ミュラー達は不安を掻き消すように黙々とスコップを手に取り、土をどかし続けた。
するとこの労作業を一切手伝わないリアムが様子を見にきた。
「なかなか順調そうだな」
泥はおろか埃一つない軍服姿のリアムを見て、ミュラー達は怒りを覚えた。
労う言葉もなく、呑気に感想を述べたところも反感を買った。
ブシュロンが青筋を立てながら、作った笑顔で答える。
「雨天もなく、危険な獣がいないので、作業は今の所問題ない。崩落事故も起こる様子はないようだ」
リアムは汗と泥まみれのブシュロンを一瞥だけして、ミュラーの方に近づく。
皆は、またミュラーがしでかしたとそわそわしていた。
ジラールとオルマだけニヤついていた。
ミュラーは少し怯えながら、リアムに小声で訴える。
「俺はまだ悪いことしてないぞ……」
「そうじゃない。ミュラー、君にしか頼めないことだ。どうか聞いて欲しい」
不遜な態度のリアムが懇願するような目でミュラーに頼み込む。
ミュラーには嫌な予感が走った。
「……言ってみろ」
「現在グラスランドに進駐していた軍は本国の前線まで敗走中だ。だが奇跡的にも潰走せず、組織的に軍勢として撤退している。おそらく前線で立て直すだろう。その部隊を指揮している将軍をこちらに来るように説得してもらいたい」
「俺は口下手だ。適任者ならブシュロンやアーペルの方がいいだろう。何故俺を指名する」
「……君の難しい家庭環境はすでに調べてある。その上で頼んでるんだ。実はその敗走してる軍勢をまとめ上げている将軍は少々気難しい性格の持ち主でね。僕やブシュロンぐらいじゃ説き伏せるのは困難なんだ」
ミュラーの全身が震え、冷や汗がダラダラと落ちる。
そしてとてつもない無理難題がリアムの言葉から発っせられる。
「アユタヤの軍神アジムートを説得するのに力を貸して欲しい。彼の子息である君にしかできないことなんだ」
ミュラーはその言葉で目眩がした。
やはり生きていたか……。
心の底ではこれで戦死してくれれば、久々に故郷に帰って、安心してルカに祖国の景色を見せてあげようと思ったが……。
ミュラーのとてつもなく嫌そうな顔を察して、リアムがミュラーの前で膝をつき懇願する。
「頼むミュラー! アジムート将軍の力がなければ、この戦争はもっと悲惨なものになる。どうか頼まれてくれ」
気付けばリアムはミュラーの前で土下座をしていた。
あの傲岸不遜な振る舞いをしていたリアムがここまでする姿に、皆は動揺した。
硬直していたミュラーに、まずフェンディが非難の声を上げる。
「行ってやりなさいミュラー、この男がここまでするなんて……。まさか断るつもりじゃないでしょうね?」
次にクロエがミュラーを糾弾する。
「部下の私達の前で土下座なんて……。隊長が恥も外聞も捨てて頼んでるのよ!? ミュラー、父親に会うぐらいいいじゃない! 私なんて両親に会いたくても会えないのよ!?」
オルマはミュラーの逃げ道を塞ぐ。
「ここまで頼み込むからには、きっと君が行かなきゃこの戦いは負けるねー。ミュラーはアタシ達が戦死してもいいのー? ミュラーの下らない意地なんかのためにアタシら死んじゃうのー?」
ミュラーは内心毒づいた。
勝手なこと言いやがる!
みんなアジムートがどんなヤツだか知らないから言えるんだ!
だが、ミュラーは元来情に脆いところがある。
リアムという誇り高き男が、今全てを投げ捨てて自分の前で手をついて頭を下げている。
この男だけはアジムートに会うという意味がわかっている。
それはミュラーに死地へ赴くという意味だと理解して、頭を垂れている。
その覚悟にミュラーの心は打たれた。
だがまだ膝が震えている。
そこへジラールが歩み寄り、ミュラーに短刀を手渡す。
「以前お前が刻んだ魔法陣が仕込んである。もしもの時はそれを発動させろ。辺りいっぺんが爆散する」
ジラールから受け取った短刀を握り締め、ミュラーは父に会う決心をした。
死ぬ時はヤツも道連れだ!