第84話 旅の楽団

文字数 2,262文字

 グラスランド連邦国内、ザクセン領のボヘミア街道を東に進み、景気の良い演奏を奏でながら、ミュラー達の場所は進む。
 辺りは湿地帯で道が泥まみれだった。 
 リアムは地図を眺めながら興味深そうに周囲を見渡し、オーボエの演奏に苦戦してるミュラーに注意をする。
「ミュラー、音が汚いぞ。君はホントにセンスがない。しかも練習不足だな。今夜も徹夜させるぞ」
 リアムの叱咤にミュラーは涙目になる。
 ミュラーなりに必死に演奏してるのにリアムは努力を認めなかった。
 震える声で短く謝罪する。
「……すまん。俺頑張る……」
 器用にバイオリンを奏でるオルマが励ますように、落ち込むミュラーの背中をさする。
 意気消沈してるミュラーに構わず、リアムは意見を求める。
「この湿地帯は山間の盆地で近くに幾つもの川が流れているようだ。君はどう見る?」
 途端にミュラーは兵の顔になり、端的に考えを述べる。
「もし、ここで合戦するなら、場は広い、万の大軍が陣形を組むことができる。だが、足場がぬかるみ過ぎている。騎馬隊は動かせない。歩兵頼りになるな。それに天候が雨なら身動きが取れなくなるから、陣立てには不向きだな」
 ミュラーがまともな兵法を語ったことに、側でバイオリンを奏でていたクロエは驚嘆する。

 そうか、こいつ学だけはあったんだ。
 馬鹿だけど。

 ミュラーの返答にリアムは静かに頷き、馬車を操るブシュロンに命令する。
「川の様子が気になる。川に向かうぞ。上流が気になる。あと近くに村落があるなら、住民の話しも聞きたい」
 ブシュロンが尋ねる。
「この街道を外れるとぬかるみで馬車は動かせなくなるぞ?」
「その場合は馬車は置いていく。徒歩で進む。馬車の留守番は貴様がやれ」
 リアムの指示で演奏が止まる。
 するとリアムは厳しく叱責する。
「誰が楽器の手を止めていいと言った。お前らはこの青空の向こうにある雲に届けるつもりで音楽を奏でろ」
 リアムに叱られるのを恐れてミュラー達は必死に演奏を始める。
 道交う人々に嘲笑う声が聞こえる。
「これから戦争が始まってるのにいい気なもんだ」
 その嘲笑をミュラーは必死に堪える。
 対してリアムは道化を演じ、愉快そうな顔で人々に手を振る。
 しかしその瞳の奥にあるものはドス黒いものがあった。


 泥まみれになって村に辿りついた一同に、村人は物珍しそうな目で見ながら集まった。
 当たり前である。
 田舎の集落に楽団が来るなぞ、村が設立して初めてのことだろう。
 小さな子供が群がってきた。
 リアムがミュラー達に笑顔を向ける。
「子供が楽しめる芸達者な者はいるか? さぁ楽しいショーの始まりだ」
 ミュラー達は戸惑い、ついジラールがミュラーに視線を送る。
 オルマもジトリと見ていた。
 仲間達の視線に負けて、ミュラーは得意の口から刃物も出す技を披露した。
 子供たちは手放しで喜び、ミュラーに釘の束を投げつけた。
 どうやらそれをミュラーに飲み込めということらしい。
 ミュラーは流石に無理だと首を振ったが、リアムが悪魔の笑みを浮かべていた。
「勿論できるよな? さぁ子供たちの期待に応えるんだ!」
 ミュラーは泣きながら釘の束を飲み込み、リアムに差し出されたタバコをふかし、それを吐き出す。
 大歓声が上がった。
 無警戒の村人はミュラー達を快く歓迎し、村へと招く。
 見えない所で、ミュラーは血反吐を吐いていた。


 夜になり、リアムはミュラー達を集め、話し合いをした。
 リアムが思案しながら呟く。
「ふむ、村人の話だと、ここの上流は強い雨が降ると、溢れ出して軽い洪水を起こすらしい。家屋が高床式なのはそのためか」
 フェンディも手に入れた情報を報告する。
「洪水が起きると農作物は駄目になるらしいわ。予め倉庫で貯蔵しているそうよ。今が雨季だから、今年の分の収穫分は確保してるらしいわ」
 リアムは微笑む。
「雨季か……。いいことを思いついた。明日は村から上流の川で小細工をしよう」
 クロエが疑問を口にする。
「リアム、なんで村の川なんか気にするの? あまり任務には関係ないように思えるけど」
 リアムは嘆息し、クロエに伝える。
「ここの上流が派手に氾濫してくれれば、川下の湿地帯も水浸しになる。それこそ布陣なぞできないぐらいにな。それを人為的にやろうとしているのだよ。クロエ君」
 するとオルマは明るい笑顔で尋ねる。
「じゃあリアムはブシュロンが待機している盆地で戦争させないようにするわけだねー」
 リアムがオルマをジロリと睨む。
 そして吐き捨てるように言葉を投げつける。
「馬鹿か、お前は。敵軍を水攻めする為に決まってるだろう。この村人には悪いが、作戦が成功したらこの村は濁流の犠牲になってもらう」
 リアムの衝撃の言葉に、思わずアーペルは顔をしかめ、ジラールは吸ってたタバコを吐きだす。 
 堪らずクロエが抗議する。
「そんなの駄目よ! いくら戦争だからって関係ない村人を巻き込むなんて!」
 そんなクロエをリアムはギロリと睨みつける。
 あまりの眼光の鋭さにクロエは思わず怖気付く。
 リアムは深い溜息を吐く。
「本当に馬鹿が多いな、私の小隊は。私の任務は自軍を如何に損傷少なく勝利に導くことだ。敵国の村なんぞ知ったことではない。明日は上流の川で工作活動だ。今度抗命したら、その場で処断するぞ。ミュラーは今日も徹夜でフルートの練習だ。いい加減、汚い音も飽きてきた。村に置いていくぞ」
 リアムの厳しい命令が戦場の残酷さを物語った。
 オルマ達は沈み込むように沈黙する。

 ミュラーの奏でる不協和音が虚しく響き渡った。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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