第74話 船旅

文字数 1,756文字

 ミュラー達は地央海の上にいた。

 船が目指す先はトワレの湾岸都市トゥール、今日で航海二日目となる。

 見渡す水平線を前に、クロエは陽の照り返しに輝く海原を見惚れていた。
 海面から飛び出す魚の群れに感嘆の声を上げた。
 潮風の薫りが爽やかな風になって、クロエの黒髪を靡かせる。
 広大な海を前に心を躍らせていた。
 しかし傍らで異臭を放つ存在がいる。

 ミュラーだ。

 あまりの船酔いに、苦しそうにミュラーは口から吐瀉物を輝き放つ海面に撒き散らしていた。

 海の女神への冒涜だ。

 クロエは船酔いに悶えるミュラーを心配するどころか、むしろ軽蔑していた。
 フェンディとオルマがニヤニヤしながらミュラーをからかう。
「どうしたの? まさかおめでた? 新婚だもんねー」
 言い返したいミュラーだったが、あまりの脳の震え具合に思考がまとまらない。
 ただじっと耐えていた。
 そんなミュラーを心配することなく、クロエはフェンディにはしゃぐように話しかける。
「フェンディ、見て見て、海から魚が飛んだのよ。とってもおっきいのが!」
「それは大飛魚ね。船の下をよく見てみなさい、海豚の群れがいるわよ。そいつらも海面からジャンプするの、踊るみたいに」
 その言葉に心躍らせたクロエは船底の方を見ると海面に大きな影が勢いよく、船の後を追っていた。
 そして、その影が海上から飛び出して、華麗に舞う。
 まるでクロエ達に踊る姿を見せつけるように。
 その光景にクロエやオルマ、フェンディは歓喜の声を上げた。

 三人がはしゃぐ姿を見たアーペルは、不安を紛らすために蒸留酒を飲んでいるブシュロンに励ましの言葉をかけた。
「これから戦場に行くのに、士気は高いな。先日の空気が嘘のようだ。心配する気持ちもわかるが、マスターはもっと気丈に振る舞ってくれ」
 ブシュロンは軽く頷き、再び蒸留酒をあおる。
「しかし、こんな年端もない少女達を戦地に行かせるのはな……」
「安心しろ、狩りでアイツらの強さはよくわかってるだろ。ティラノサウルスを狩ってきた奴らだぞ」
「アーペル……。お前は従軍経験がないからそう言えるんだ。戦場の強さと狩場の強さは違う。 私はね、不安なんだ。彼女達が戦で心が失われてしまわないかを……」
「あそこで吐いてる奴ぐらい、頭のネジが吹っ飛ぶのが丁度いいのか?」
「いや、ミュラーは特別だ。みんながあんなになったら、私は泣く」
 すると、船員と一緒に船の操作を手伝っていたジラールがブシュロンに声をかけた。
「ブシュロン、北北東に船が近づいている。旗も掲げてねぇから、どこの船かもわかんねぇ。ただ乗組員の話しだと、ここらで漁に出てる船はいないはずだと」
「ふむ、商船だと物資の補給もできるな。万が一、救難船の可能性もあるな。こちらも近づいて様子を見よう。舵を取って行こう」
 そう告げて、ブシュロンは操舵室に向かった。
 再び、船員の手伝いに戻ろうとするジラールにアーペルは声をかけた。
「ジラール、お前は戦場に行くのが怖くないか?」
 その言葉にジラールはニヤリと笑みを浮かべて答える。
「俺はまたみんなと狩りをして酒を飲み合いたいだけさ」
 ジラールの軽口に、アーペルは目を閉じて微笑む。
 そして安堵した。

 ジラールが告げた船が近づいてくる。
 だんだんとその姿が明らかになっていった。

 マストは折れ、帆はズタズタに破れている。

 まるで幽霊船のようにボロい。

 その船の姿を見た全員がそう思った。
 オルマが思わず声を漏らす。
「ひょっとして漂流船? とても人がいるようには見えないよー」
 フェンディも呻く。
「せっかくの船旅の最中に、縁起が悪いもの見ちゃったわ……」
 クロエが呟く。
「救助しても、誰もいないと思う……」
 刹那、クロエの眼前に光る鋭利な金属が一直線に走る。

 矢だ。

 当たる寸前のところでミュラーがその矢を掴む。
 思わずクロエは腰を落としてしまった。
 ミュラーが不適に笑う。
「どうやら人はいるようだな」
 その呟きと同時に大量の矢が船に放たれる。
 すかさず、全員が身を隠し、矢から身を守る。
 すると幽霊船と思われた船から大きな鬨の声が上がった。

 狼狽えるオルマにミュラーは落ち着いた言葉で声をかける。
「海賊のお出ましだ。やっと面白くなってきた」
 オルマは哀しそうな顔して、首を左右に振った。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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