第83話 小隊長リアム
文字数 2,518文字
リアム=ロア=ウルム、トワレの職業軍人だ。
出自はトワレの没落貴族の三男であり、祖父も父も戦死を遂げ、彼の辺鄙な領地は彼の兄が経営している。
自由に生きたかった彼だが、亡き父はリアムを厳しく育て、幼い頃から軍学校に入れられた。
彼は優秀な成績を修め、将来を期待されたが、貴族の子弟には疎まれていた。
軍学校卒業後の配属先は街の警ら隊であった。
彼は不正を厳しく取り締まり、例え上流貴族であっても犯罪を犯した者には容赦なかった。
おかげで彼は最前線に飛ばされることになり、幾度と死地へと追いやれた。
一時期、苛烈な戦場で行方不明になり、戦死扱いされた時期があった。
その時リアムは創世の魔術師カインと出会い、師事することになる。
そこで彼は魔術師として鍛えられ、己の弱さを思い知った。
数年間魔術の基本を叩き込まれたリアムだったが、実父の死の知らせを聞き、故郷に帰ることになる。
死んだと思われていた家族からは歓迎され、没落しているとはいえ、まがりなりにも貴族である兄は弟のリアムの復役を根回しし、彼は再び軍に復帰することになった。
公式記録で死亡していたリアムにもってこいの部署があった。
諜報部隊である。
諜報員として再教育され、持ち前の利発さで模範的な密偵に育った。
そして数多の諜報活動をこなしていったリアムだが、彼は目的の為には手段は選ばなかった。
手にすべき情報の為に、平気で村を焼き、自身に愛を向ける女性を欺き、暗殺まで手に染めていた。
ただ彼は職務に忠実にこなしていただけであったが、若かりし頃に警ら隊で不正を厳しく取り締まっていたリアムの生き方とは大きく矛盾していた。
相棒の死すら利用し、目的の情報を手にしたリアムを同僚達は蔑み、誰も彼と任務を組むことを希望しなかった。
『乾いた氷』という通称まで付けられた。
そんなリアムだが、上官からグラスランドとの戦役で諜報活動の任務を告げられた。
単独で敵地に向かう危険性を上申したリアムに、上官は頭を悩ませる。
そこにハンター組合からの支援があったことを思い出し、彼を嫌う同僚ではなく、面識がない外様の人間達にリアムを押し付けること思いついた。
上官の提案にリアムはやむを得ず、任務を承諾した。
アスターテ要塞でミュラー達がリアムを見た感想は、微妙だった。
「楽にしていいぞ」
初めて会う小隊長はベッドで横になっていた。
ミュラー達の部屋にもそれぞれベッドが用意されていた。
果たしてどうしたものか、言われた通りベッドで寝そべるべきなのか、それとも整列して、気をつけの姿勢を崩すべきなのか、判断に迷った。
リアムはそんなミュラー達をジロリと見て、呟く。
「長旅で疲れただろう。これから下らない打ち合わせをするから、ベッドで休みながら聞きたまえ」
見た目は30歳前後、小柄で痩せて、黒い髪を短く切っている。
何よりやる気の無さそうな態度、ベッドでくつろいでいる姿から、軍服は着ているが、ミュラー達は目の前の男が軍人とは思えなかった。
戸惑っていた一同にリアムは溜息をついて、言葉を吐く。
「ふむ、では命令だ。ベッドで横になれ。二度も言わすな」
ミュラー達は言葉に従い、躊躇しながらもベッドで横たわる。
リアムの言葉に苛立ちがこもっていたせいか、オルマは素早くベッドに潜る。
対してミュラーは訳が分からなく、辿々しくベッドに身体を預けた。
そんなミュラー達をよそに、リアムは面倒臭そうに挨拶をした。
「私が諸君らの小隊長になるリアム=ロア=ウルムだ。リアムでいい。敬語も不要だ。これから僕らは楽団になる。旅の音楽団を装ってグラスランドのザクセンに潜入する。任務は潜入工作。最終目的はグラスランド国境の軍の兵站を潰す。何か質問は?」
オルマが申し訳無さそうに尋ねる。
「あのー、自己紹介とかは?」
リアムがオルマを一瞥し、タバコを吸い始める。
「不要だ。諸君らのことはすでに調べている。お爺様は息災かな? 君も山登りをして自然を楽しみたまえ」
オルマをはじめ、ミュラー達はギクリとした。
ジラールが不満そうに文句をつける。
「なんで旅の楽団なんだよ。楽器なんて弾けねーぞ」
リアムはタバコをふかしながら答える。
「君達の手持ちの武器を隠す為だ。戦闘行為も考慮すると素手で敵地に行くのはリスクが高い。軍服は貸与せんぞ。明日街で音楽家に相応しい服を買って貰おうか。無論今夜は徹夜で楽器の練習をしてもらう。せめて2〜3曲はマスターしてくれ」
フェンディがリアムに問い掛ける。
「旅の楽団に変装したって、国境の警備は厳重よ。どうやって抜けるの?」
リアムがタバコを灰皿に投げ込む。
「心配はいらん。すでに地下壕を掘ってある。そこで国境を抜ける。君達の国よりトワレ軍は優秀なんだよ」
リアムの棘のある返事にフェンディは顔を真っ赤にする。
それを横目にブシュロンが尋ねる。
「人命救助の任務もあると聞いていましたが?」
リアムは深く溜息をつき、ブシュロンを睨む。
「敬語は不要だと言ったはずだ。二度も言わすな。人命救助というのは正しくないな。敵の陣地に入って消息不明になったマヌケから情報が漏れてないか確認するだけだ。まぁ上からはそのマヌケも連れて来いとの通達はあったがな」
リアムの無情な言葉にミュラー達は沈黙する。
そんなもの意にも変えさず、リアムは告げる。
「出立は明後日、早朝だ。それまで服の用意と楽器の演奏をマスターすること以上だ」
ミュラー達が一方的な命令に戸惑っていると、リアムは再びタバコを吸い始め、告げた。
「どうした? 命令はしたぞ。いつまで寝そべってる? 早く楽器の練習を始めろ。覚えられない奴はここに置いていく。任務の邪魔だからな」
急いでミュラー達は楽器を手に取り、楽譜を見て、不協和音を奏でる。
それを見たリアムはうんざりした顔をして嘆く。
「酷い演奏だ。子供のカスタネット楽団でもマシな音を奏でるぞ。朝までそうやって醜い演奏していろ。期日までできなかったら置いていくからな」
ミュラー達は必死になって慣れない楽器を弾き続けた。
不協和音の夜想曲が無情にも夜のアスターテ要塞に響き渡る。
出自はトワレの没落貴族の三男であり、祖父も父も戦死を遂げ、彼の辺鄙な領地は彼の兄が経営している。
自由に生きたかった彼だが、亡き父はリアムを厳しく育て、幼い頃から軍学校に入れられた。
彼は優秀な成績を修め、将来を期待されたが、貴族の子弟には疎まれていた。
軍学校卒業後の配属先は街の警ら隊であった。
彼は不正を厳しく取り締まり、例え上流貴族であっても犯罪を犯した者には容赦なかった。
おかげで彼は最前線に飛ばされることになり、幾度と死地へと追いやれた。
一時期、苛烈な戦場で行方不明になり、戦死扱いされた時期があった。
その時リアムは創世の魔術師カインと出会い、師事することになる。
そこで彼は魔術師として鍛えられ、己の弱さを思い知った。
数年間魔術の基本を叩き込まれたリアムだったが、実父の死の知らせを聞き、故郷に帰ることになる。
死んだと思われていた家族からは歓迎され、没落しているとはいえ、まがりなりにも貴族である兄は弟のリアムの復役を根回しし、彼は再び軍に復帰することになった。
公式記録で死亡していたリアムにもってこいの部署があった。
諜報部隊である。
諜報員として再教育され、持ち前の利発さで模範的な密偵に育った。
そして数多の諜報活動をこなしていったリアムだが、彼は目的の為には手段は選ばなかった。
手にすべき情報の為に、平気で村を焼き、自身に愛を向ける女性を欺き、暗殺まで手に染めていた。
ただ彼は職務に忠実にこなしていただけであったが、若かりし頃に警ら隊で不正を厳しく取り締まっていたリアムの生き方とは大きく矛盾していた。
相棒の死すら利用し、目的の情報を手にしたリアムを同僚達は蔑み、誰も彼と任務を組むことを希望しなかった。
『乾いた氷』という通称まで付けられた。
そんなリアムだが、上官からグラスランドとの戦役で諜報活動の任務を告げられた。
単独で敵地に向かう危険性を上申したリアムに、上官は頭を悩ませる。
そこにハンター組合からの支援があったことを思い出し、彼を嫌う同僚ではなく、面識がない外様の人間達にリアムを押し付けること思いついた。
上官の提案にリアムはやむを得ず、任務を承諾した。
アスターテ要塞でミュラー達がリアムを見た感想は、微妙だった。
「楽にしていいぞ」
初めて会う小隊長はベッドで横になっていた。
ミュラー達の部屋にもそれぞれベッドが用意されていた。
果たしてどうしたものか、言われた通りベッドで寝そべるべきなのか、それとも整列して、気をつけの姿勢を崩すべきなのか、判断に迷った。
リアムはそんなミュラー達をジロリと見て、呟く。
「長旅で疲れただろう。これから下らない打ち合わせをするから、ベッドで休みながら聞きたまえ」
見た目は30歳前後、小柄で痩せて、黒い髪を短く切っている。
何よりやる気の無さそうな態度、ベッドでくつろいでいる姿から、軍服は着ているが、ミュラー達は目の前の男が軍人とは思えなかった。
戸惑っていた一同にリアムは溜息をついて、言葉を吐く。
「ふむ、では命令だ。ベッドで横になれ。二度も言わすな」
ミュラー達は言葉に従い、躊躇しながらもベッドで横たわる。
リアムの言葉に苛立ちがこもっていたせいか、オルマは素早くベッドに潜る。
対してミュラーは訳が分からなく、辿々しくベッドに身体を預けた。
そんなミュラー達をよそに、リアムは面倒臭そうに挨拶をした。
「私が諸君らの小隊長になるリアム=ロア=ウルムだ。リアムでいい。敬語も不要だ。これから僕らは楽団になる。旅の音楽団を装ってグラスランドのザクセンに潜入する。任務は潜入工作。最終目的はグラスランド国境の軍の兵站を潰す。何か質問は?」
オルマが申し訳無さそうに尋ねる。
「あのー、自己紹介とかは?」
リアムがオルマを一瞥し、タバコを吸い始める。
「不要だ。諸君らのことはすでに調べている。お爺様は息災かな? 君も山登りをして自然を楽しみたまえ」
オルマをはじめ、ミュラー達はギクリとした。
ジラールが不満そうに文句をつける。
「なんで旅の楽団なんだよ。楽器なんて弾けねーぞ」
リアムはタバコをふかしながら答える。
「君達の手持ちの武器を隠す為だ。戦闘行為も考慮すると素手で敵地に行くのはリスクが高い。軍服は貸与せんぞ。明日街で音楽家に相応しい服を買って貰おうか。無論今夜は徹夜で楽器の練習をしてもらう。せめて2〜3曲はマスターしてくれ」
フェンディがリアムに問い掛ける。
「旅の楽団に変装したって、国境の警備は厳重よ。どうやって抜けるの?」
リアムがタバコを灰皿に投げ込む。
「心配はいらん。すでに地下壕を掘ってある。そこで国境を抜ける。君達の国よりトワレ軍は優秀なんだよ」
リアムの棘のある返事にフェンディは顔を真っ赤にする。
それを横目にブシュロンが尋ねる。
「人命救助の任務もあると聞いていましたが?」
リアムは深く溜息をつき、ブシュロンを睨む。
「敬語は不要だと言ったはずだ。二度も言わすな。人命救助というのは正しくないな。敵の陣地に入って消息不明になったマヌケから情報が漏れてないか確認するだけだ。まぁ上からはそのマヌケも連れて来いとの通達はあったがな」
リアムの無情な言葉にミュラー達は沈黙する。
そんなもの意にも変えさず、リアムは告げる。
「出立は明後日、早朝だ。それまで服の用意と楽器の演奏をマスターすること以上だ」
ミュラー達が一方的な命令に戸惑っていると、リアムは再びタバコを吸い始め、告げた。
「どうした? 命令はしたぞ。いつまで寝そべってる? 早く楽器の練習を始めろ。覚えられない奴はここに置いていく。任務の邪魔だからな」
急いでミュラー達は楽器を手に取り、楽譜を見て、不協和音を奏でる。
それを見たリアムはうんざりした顔をして嘆く。
「酷い演奏だ。子供のカスタネット楽団でもマシな音を奏でるぞ。朝までそうやって醜い演奏していろ。期日までできなかったら置いていくからな」
ミュラー達は必死になって慣れない楽器を弾き続けた。
不協和音の夜想曲が無情にも夜のアスターテ要塞に響き渡る。