第115話 カインの屋敷

文字数 2,069文字

 カインの後をついていくように、ミュラーとルカは粉雪が舞う幻想的な風景に瞳を奪われていた。

 積雪で積もった道を滑らないように歩み、周囲を見渡す。
 太古の昔から存在していただろう古く、太い木々が雪にまみれながら生い茂っていた。
 それだけで浮世から離れた神秘的な気配を感じた。
 銀世界だった。
 カインが薄く微笑む。
「美しいだろう。ここは夜が訪れない。白夜の世界だ。慣れるまで景色を楽しんでくれ」

 しばらく歩いていると、篝火で照らされた屋敷があった。
 雪で真っ白になった大きな茅葺の屋根、だが家屋の壁は石垣を精巧に造らせたものになっている。
 屋敷に装飾はされておらず、質素さを感じられる。
 広い庭園には、この凍えるような寒さの中で七色の鈴蘭がその花を輝かせていた。
 小さなトカゲのような翼竜が小鳥のようにその庭園で戯れていた。
 数匹の白銀の虎が猫のようにその庭園を駆け回る。
 天使のような羽根の生えたウマに琥珀色に輝く髪を靡かせた少女が乗っていた。
 人形のように美しく整った顔立ちで薄く透き通った白い肌。
 茜色の瞳に三人の姿が映ると、下馬し、一礼する。
「師範、留守の間の警戒勤務中異常はありませんでした」
 カインは屈託ない笑顔で答える。
「相変わらず固い奴だな。客人だ。紹介する、これから弟子に取るミュラーとその伴侶ルカ嬢だ。こいつはヒルダ、オレの門下生兼従者だ」
 カインに紹介された少女は慌ててミュラー達に一礼し、挨拶する。
「失礼しました。直弟子のヒルデガルドです。どうぞヒルダとお呼び下さい。長旅お疲れ様でございます。ただ今客間へ案内致します」
 ヒルダに連れられ、ミュラーとルカは屋敷の中へと案内される。

 通された部屋の中は狭く、窓には格子があり、カビだらけで、申し訳程度に毛布が置かれていた。石畳でとても閉鎖的だ。
 まるで牢獄だった。
 ルカは思わず絶句する。
 ミュラーも堪らずヒルダに問いかける。
「これも修行の一環か? 俺はともかくルカにもこの部屋でくつろげと言うのか? 俺は帰る」
 ミュラーが回れ右すると、ハッとしたヒルダは慌てる。
「あー! 部屋を間違えた! 私としたことが! ここは見なかったことにして下さい! どうぞこちらです!」
 やってしまったと言う顔をして、慌てふためいたヒルダが駆け足で別室へと移動する。
 置いていかれそうになったミュラーはルカを抱えて急いで跡を追う。
 息を切らしたヒルダが客間へと案内する。
「こちらがご婦人用の部屋です。質素な部屋ですがどうぞ! えっと殿方の部屋はー……」
  今度はまともな部屋だった。
 広々して、暖炉まである。
 床はふかふかとした絨毯で覆われており、ベッドはないが大きな敷布団が置かれ、部屋の至るところに本棚が配置されていた。
 窓からは庭園が一望できる造りになっていた。
 ルカはほっとした顔をする。
 ヒルダがミュラーを別室へ案内しようとしたが、それをミュラーは手で制す。
「いや、この部屋で充分だ。」
 ヒルダが首を傾げる。
「いや、ここは一人部屋ですし、男女同室はいかがなものかと……」
 今度はミュラーが首を傾げる。
「いや、二人で住むには充分だろ。それとも嫁と寝屋を分けなきゃいけない、しきたりでもあるのか? ここでの暮らしは禁欲生活なのか?」
 ミュラーの言葉を聞いて、ヒルダは顔を真っ赤にしてしまう。
 そして慌てて答える。
「ああ! ご夫婦だったんだ! 私としたことが! お恥ずかしい! ならもっと広い部屋を案内せねば! そして禁欲のしきたりを私は知らないっ! どうしよう……!」
 動揺するヒルダの背後にカインが現れる。
 ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「あーヒルダがまたやらかしてんな。ミュラー、その部屋が気に入ったなら、そこで住め。安心しろ、別に夫婦の営みを禁じたりはしねぇよ。せっせと子作りに励め」
 カインの言葉にルカが顔を赤らめる。
 それを見たヒルダが茜色の目をカッと見開いて、カインに驚嘆の声を上げる。
「こ、子作り!? いいんですか!!? そんなはしたないこと!!!? えっけど、夫婦ならそういうことも……!?」
 取り乱すヒルダの頭にカインが拳骨を喰らわせる。
「ヒルダ、あんまり本人の前で口走るな。お前だって男連れ込みたかったら好きにしろ」
カインの言葉にさらに初心な少女のヒルダが動揺する。
「わ、私はいいんです! 色恋にうつつを抜かすなんて! はしたない真似っ!!」
ヒルダの言葉を無視して、カインはミュラーに告げる。
「さっそくだが、ミュラー。一汗掻いてもらうぞ。乱取り稽古だ。まずこのバカと手合わせしてもらう。ヒルダ、取り乱してないで、早くミュラーと稽古場に行くぞ」
なんとか平静を取り戻したヒルダがミュラーを稽古場へと案内する。
 
 屋敷の離れにある稽古場でミュラーとヒルダが互いに一礼する。
 カインは上座に座り、ミュラーに告げる。
「まずは小手調べだ。ミュラー。体術だけでこのヒルダと闘え。武器は勿論、魔法も無しだ。素手のみでやれ」
 
 かくして、ミュラーの過酷な修行が始まる。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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