第67話 ルカ②

文字数 2,050文字

 ルカとミュラーの逢瀬の日々は続いた。
 いつの間にかルカはミュラーの専属女郎となった。
 ミュラーの金払いの良さに店が気を利かせたのだ。
 その扱いにルカも嬉しさが込み上げた。

 ミュラーが愛に飢えていたように、ルカ自身も愛情を欲していた。
 両親に愛を受けてから、幾年、ここまで自分を大切にしてくれる存在はいなかった。
 愛される喜びに気付いた自分がいた。
 そしてルカもミュラーにかつて愛した父の存在を重ねた。
 不器用なところ、寡黙なところ、少し変わったところ、全て似ていた。

 最近、ミュラーに青い狼という二つ名がついたが、ルカの前では子犬のようにジャレていた。
 そんな青髪をルカは優しく微笑んで愛おしく撫でる。
 そんな仮初の幸せの時が続いた。

 しかし、またルカの平穏は崩れる。
 身請けの話が店から来たのだ。身請け先は詳しくは聞かされなかったが、おそらく貴族や軍人の類だろう。
 ルカは絶望感を覚えた。
 この逢瀬の時が終わることがただ哀しかった。
 改めて気付いた、自分という存在は鎖に縛られていて、決して自由な意思は許されないということを。
 この運命を呪った。
 ミュラーには身請けの話はしないつもりであった。
 もしこのことを知らせれば、きっと彼は無茶なことをしてでも、自分を連れ去るだろう。
 けど、それはミュラーを縛ることになる。
 それはルカの本意ではなかった。
 ミュラーとは互いに対等な立場で向かい合いたい。
 ミュラーという若者を自分という枷で縛るのは、ルカの矜持が許さなかった。
 けれどルカの思いも虚しく、ミュラーは身請けの話を耳にしてしまったらしい。
 ミュラーは自分の為に危険も省みず、無茶なことをしてることは想像がついた。
 自分の為に愛してる人が傷ついていくのは、胸が張り裂けそうになった。
 ルカができることは、その青髪を優しく撫でることだった。それがもどかしかった。
 ルカは初めて自由になりたいと思った。
 
 そんなある日、店が襲撃された。
 焼け落ちる店内で怪しい男達がルカを連れ去った。
 死を覚悟した。
 あまりの恐怖に気を失った。
 男達の目的はミュラーであると言っていた。
 ルカは無駄だと伝えた。
 一人の娼婦の為に身を投げだして、救い上げる者などいないと。
 悪漢から攫われた自分を救うなんて、物語のお姫様ではあるまいし。
 全てを諦めた。
 例えこの身が助かったところで、知らぬ男にその身を捧げる運命なのだ。

 長い眠りについていた。
 悪夢に震えていた。
 その夢では凶暴な獣の群れに立ち向かおうとする父の最後の姿があった。
 父と母が獣に喰われていく姿が映っていた。
 全てを失ったルカは絶望と孤独に苦しんだ。
 涙が溢れて止まらなかった。
 夢の中で叫んだ。
 救いの声を上げた。
 それは虚しくこだまするだけであった。

 ルカが目を覚ますと傷ついたミュラーが自分を抱き上げていた。
 そして申し訳なさそうに小さく呟く。
「すまん、少し遅れた」
 ルカにとって、その言葉はとても懐かしく、嬉しい言葉であった。
 今はいない父の面影が重なった。
 状況はよくわからないが、ミュラーが救ってくれたことだけは理解した。
 ルカは込み上げる感情を抑え、優しく微笑んだ。
 その時だけは父が聞かせてくれた英雄譚の物語の姫のような気持ちでいられた。

 後日になって、ミュラーに自分が抱えていた気持ちを打ち明けた。
 ミュラーは平気な顔をして返答した。
「なんだそんなことか」
 それだけ告げて、店の支配人に荷車で運んだ山のような金貨を指差し、
「この店の女、全員買い取る。足りるか?」
 無茶苦茶な人間だ。そ
 れだけの金貨があるなら、大貴族の豪邸すら買える。
 ミュラーは店で働いていた遊女全員に自由と当分暮らしていけるだけの金貨を手渡した。
 当然ルカも自由の身となった。
 これからの身の処し方に悩んでいたところ、ミュラーは戸惑いながら、恥ずかしそうにルカを見つめていた。
 こういうところは本当に子供のようだとルカはつくづく思った。
 ミュラーは選びぬいた言葉を発しようとしたが、それがもどかしかったのか不器用にルカの手を取る。

 それはルカを縛っていた運命の鎖が解かれた瞬間だった。

 ルカは解放された気持ちになった。

「……夕飯を作ってくれないか。家があるからそこに行こう」
 ミュラーはしどろもどろに言葉を発した。

 ルカは懐かしい言葉に感情が込み上げてきた。
 父と母、三人で暮らしていた頃の大切な想い出が溢れてきた。

 ルカは涙を溢しながら子供のように尋ねる。
「……毎日?」
 ミュラーは握った手を強く引き、不器用そうに呟く。
「……毎日だ。嫌か?」
 ルカは首を何度も左右に振った。
 端麗な顔から溢れる涙は止まらなかった。

 呪った運命に感謝した。

 ミュラーという男に出逢ったこと。

 父に聞かされた英雄のような人であった。

 囚われていた自分を救ってくれた。

 父に似たこの人に、母のように尽くそうとルカは誓った。

 こうしてミュラーとルカの愛の物語は紡がれていくのであった。
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登場人物紹介

ミュラー=ルクルクト

性別 男

紛争国家群ロアの将軍アジムートの三男。

剣術と魔法を巧みに操る。

身長178センチ 体重63キロ

趣味 読書 遺跡巡り

武家の出自のため世間に疎い。本人は自覚してないがかなり空気が読めない天然で、結構差別的なところがある

オルマ

カジノ大国ベガス出身、獣族の漁師の家庭で生まれ育つ

性別 女

金属性の糸を巧みに操る

身長160センチ 体重★★ 胸は小さい

趣味 釣り

ちゃっかりした性格で機転もきく。横着者。ひょうひょうとした性格だが、判断力は高い

ジラール

性別 男

聖王国出身の傭兵であった。スラム育ちの孤児

古代の遺物、ハーミットの使い手

身長188センチ 75キロ

趣味 武器や防具の鍛冶やメンテナンス

性格は至って粗野、粗暴。下品である。乱暴な一面もあるが仲間想いで、困っている人は見捨てない面もある

クロエ

性別 女

カジノ大国、中部出身。オルマと同じく獣族だが一族でも高貴な身分の生まれである

長い槍を巧みに操る。

身長168センチ 体重★★ 胸は人並み

趣味 毒物の調合

物静かで温厚そうな見た目をしているが、性格は結構腹黒。華奢な身体をしているが抜群の身体能力を持っている。


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