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文字数 1,940文字



「前から気になってるんだけど、悠人のことは男として好きなのよね?」
 玲奈と話しているうちに佳奈まで呼び捨てにするようになってしまった。
「男として?」
 玲奈の目は宙をさまよう。
「抱かれたーい、とか」
「考えなくはないけど……。それよりあの人が服を作っているのを見るのが好き。ずっと見ていたい。じゃましちゃいけないと思う」
「なにその老婆心。なんかちがうのよね。だってふつう好きになったら抱きあいたいって思うものでしょう」
「そっか」
 そこで玲奈は思い当たる。悠人には創作を最優先してもらいたい。自分がそのじゃまになってはいけない。今までの彼氏たちにはそんなことを思ったことはなかった。
 佳奈の顔は険しくなる。
「さわられるの嫌なの?」
「そんなことはないよ。撮影で近づくとドキドキするし、触れたらドキドキするし」
「キスしそうな写真もあったよね。あれは?」
「めっちゃドキドキした」
「ほんとにしたいとは思わないの?」
「ええー」
 玲奈は少し考え込む。
「それはおこがましい」
 小さな声で答える玲奈に、佳奈の顔はますます険しくなる。
「なんか好きの種類がちがう」
「種類?」
「たぶん、男としてというより、デザイナーとかクリエイターとしてあこがれてるんじゃないの?」
 玲奈は首をかしげる。
「じゃあ、撮影以外ではどうなの? 近くにいたらドキドキする? 目で追っちゃうとか」
「うん、事務所に行ったらまずアトリエを見るかな。ドアが開いてたら悠人が見れるし。開いてなかったらがっかりする。服を作っている悠人はすてき」
 そういって玲奈はポッと頬を赤らめる。
「うわあ、面倒! なんかいろいろ混ざってる」
「ええー? なにが混ざってるの?」
「いろいろよ! 求められたらゆるす?」
 しばらく意味を考えて、かあっと顔が赤くなる。
「う、うん。悠人がそうしたいなら」
「あんた、やっぱりラスボスだったわ。第三形態まであるわ。こんなヤバいやつだと思わなかった」
「ええ? わたし、おかしい? へん?」
「いや、いいんじゃない、そういう愛があっても。あれよね、文豪に入れあげる芸者みたいな。または師匠に従順な弟子みたいな」
「よくわからない」
「じゃあ、カルト教団の教祖と信者」
「ええっ?」
「あまり盲目的にならないように気をつけなさいよ」
 佳奈のたとえが衝撃的だ。
「もう、さっさとだんなと別れなさいよ。そのあとは悠人にゆだねればいいわよ」
「えっ、そうなの?」
「そう! 悠人に丸め込まれて、いいなりになりなさい。あんたのはそういう惚れ方」
「なんかよくわからないけど、ありがとう?」

 そんなやりとりを思い出してちょっと気まずくなる。悠人はどうしているだろう。気にはなるが聞きづらい。
「悠人ならアトリエにこもってるわよ」
 見透かしたように摩季がいった。玲奈は思わずびくっとする。
「そんなに驚かなくってもいいわよ。あなたのことはひとまず置いておいて、悠人の気持はバレバレだもの」
「ああ、うーん」
「あの浮世離れした悠人が人間らしい感情を持つのは喜ばしいと思っているのよ、わたしも涼太郎も」
「……うん」
「あなただって悠人が好きでしょう」
 なぜ二日続きでこの話になるのか。これ、最優先事項なのだろうか。玲奈はだまりこんでしまった。
「あれ? そうよね。あなたの場合ちょっと複雑そうだけど」
「どうしてみんなわたしの気持を分析するのかな?」
「みんな?」
「きのうも佳奈にいわれた」
「なんて?」
「カルト教団の教祖と信者」
 一瞬きょとんとした後、摩季は腹をかかえて笑い出した。ひとしきり笑うと、にじんだ涙をぬぐう。
「まさしくそれよね。すっごく腑に落ちたわ。涼太郎にも教えてあげよう」
「ねえ、わたしそんなふうに思われてるの?」
「そう感じているのはごく近くにいるこの三人だけよ。もちろん悠人はそんなことは夢にも思ってないし。ただただあなたが大事なのよ」
 あらためてそんなふうにいわれると、なんて返事をしたらいいのかわからなくなってしまう。
「悠人に心酔しすぎないようにね」
 同じことをいわれてしまった。
「だから、はやくあのゲスだんなと別れて悠人をしあわせにしてちょうだい」
 同じことをいわれてしまった。身近な人間二人からそういわれてしまったら、そうするしかないのだろうか。
 ブレブレだな、と思う。ついこの間、もう恋も愛もいらないと切り捨てたはずなのに、もう心は揺らいでいる。
「でも、わたし悠人の足を引っぱらないかな?」
「なぜそう思うの?」
「今だっていろいろ心配かけてるわけだし」
「心配はしてるだろうけど、それが足を引っぱることにはならないわよ。そんなことは今までもなかったし、これからもない。あなたの問題が解決するのが一番だと思う」
「うん」
 結局あいまいに返事をするしかなかった
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