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文字数 1,139文字
夕方やって来た摩季に、玲奈はスマホから写真を見せた。透明な液体で満たされた一杯のお椀。その隣は半透明の液体の入った茶碗。
「なに、これ」
「具なしの味噌汁と重湯」
「えっ? 透明じゃん」
「うん、めっちゃ薄味。でもひさしぶりに味のあるもの口にしたからおいしかったよ」
「重湯って?」
「なんか糊みたいだった」
「涙ぐましいわね」
それからテーブルの上の本に気づいた。万城目学の文庫本が三冊。
「誰か来たの?」
「うん、友だち」
「佳奈さん?」
「そう」
佳奈のことは涼太郎から聞いていた。最初からかかわっていて、EVEの正体を知る数少ない人物。
佳奈がやってきたのはきのうの夜だった。入院から五日目になると多少の痛みは残るものの、撮影に穴開けちゃったなとか、みんなに迷惑とか心配とかかけちゃったなとか思う余裕も出てきたのだ。
そうなると今度は悠人のことが気になってしようがない。きっと心配している。自分のことが気になって仕事が手につかないなんてことはないだろうか。
「悠人は来させないから安心して治療して」
摩季はそういった。会いたいような会いたくないような。玲奈の気持は複雑だ。
いや、あの人はそんなことで仕事をおろそかになんかしない。そうは思うけれど、やっぱり少しは気にしてくれたらうれしいな、と思ったり。
気持ちは乱れに乱れる。
そうだ、佳奈にも連絡しなくちゃ。なんだか気晴らしの逃げ道にするみたいで、ちょっと気が引けたけれどラインを送った。
「血吐いて入院した」
夕方、たぶん放課後になってから電話がかかって来た。
「何したって?」
簡単に事情を説明すると、さっそく夜に来てくれたのだ。
「すごいね、個室じゃん。トイレもシャワーもついてる」
「うん、人目につかないように事務所がとってくれた」
「そうだよねえ。大部屋にいるわけにはいかないもんね。だんなどうした?」
「取り次がないでもらってる」
「ウケる。夫なのに面会できないとか」
「おかげで安心して養生できるわ」
「もっとぐったりしてるかと思ったけど、話ができるくらいで安心したわ。まだ顔色は悪いけど、本は読めそうね。はい」
とわたされたのが文庫本だった。
「万城目学なら安心して読めるし、文庫本だから横になっても読めるでしょ」
「ありがとう。さすが先生、気が利くね。キングダムも最新刊、まだ読んでないのよね」
「血吐いた人が、なんでまた血の飛び散るマンガ読むのよ」
そんな軽口をたたきながら、ここまで追い込まれたいきさつを聞いてくれた。玲奈はいまだに整理のつかない自分の気持をぽつりぽつりと話していく。
佳奈は聞き上手だ。学生のころからそうだった。玲奈はよくこうやっていろいろな話を聞いてもらった。それが今、先生という職業柄さらにうまく話を引き出すようになった。