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 その後玲奈は着実に自分を磨き続け、いよいよ撮影の三日前の今日、打ち合わせである。玲奈は事務所に呼ばれた。
 玲奈にとっては撮影自体はじめてだ。なにをどうするのかさえわからない。
 指定された時間に事務所に顔を出すと、すでに悠人、涼太郎、摩季がそろっていた。
 週に二度ほど通っていた玲奈だが、全員がそろうのは契約の日以来だ。悠人はだいたいアトリエにこもっているようだが、涼太郎と摩季は外に出かけていることも多い。涼太郎は自分で営業もしているようだし、摩季もマネージメントのほかさまざまな雑用もこなしているらしかった。
「どうぞ」
 と涼太郎がいすを引いて玲奈をすわらせた。テーブルの上にはたくさんの資料が広げられた。
 着る服。ヘアメイク。背景。小道具。絵コンテ。
「わたし、ぶっつけ本番で撮るの?」
 玲奈は不安がかくせない。
「玲奈はいわれたとおりにするだけだ。ポージングもだいぶよくなった。気負わずにカメラの前に立てばいいぞ」
 悠人がいう。玲奈は絵コンテの何枚かが気になってしようがない。
「あの、これは?」
 二人がやけに密着して腕が絡まっている。顔もだいぶ近い。たぶん玲奈と悠人だろう。モデルは二人しかいないから。
「ああ、それはトップ用。まあ表紙だよ。悠人と玲奈が.futureの顔になるんだからね。ホームページもカタログもプロモーションビデオもぜんぶこれがトップになるよ」
 当然のように涼太郎はいったけれど。
「うえぇ……」
 玲奈からは戸惑いの声が漏れる。
「なんだ、いやか。失敬だな」
 悠人は不満そうにいった。
「いやだって、こんなに密着するなんて思ってなくて……」
「ちゃんとリードしてやるから安心しろ」
「はあ」
 摩季がくすくすと笑う。
「あした、エステとネイルと美容院予約したから、いってきてね。エステはいつもどおりだけど、ネイルはオフして新しくぬるから余裕もってね。デザインは伝えてあるから」
「はあ」
「あと、どっかにぶつけてあざ作らないようにね」
「はあ」
「しっかりしろよ。.futureを背負って立つんだからな」
 プレッシャーがはんぱない。

 撮影当日。場所は渋谷のスタジオ。撮影スタッフは若手カメラマンとそのアシスタントの二人。本来は二人ともカメラマンらしい。アシスタントを雇う余裕がないので、おたがいに手伝いあっているということだ。
 ヘアメイクは例の美容師が一人。衣装と小道具は涼太郎と摩季。必要最低限の人数だ。
 さっそく美容師の手によって玲奈はEVEへと変身していく。メイクが施されている間に、悠人のワンショット撮影がはじまった。
 どんなものなのか、横目でちらちら見ていた玲奈は見とれそうになる。手慣れた感じでポーズをとる悠人はさすが堂に入っている。カメラマンの指示を難なくこなす。動きも自然だ。
 わたし、できるんだろうか。
 不安がむくむくと湧いてくる。涼太郎も摩季も撮影につきっきりで忙しそうだ。わざわざ呼び止めて、不安なんだけどどうしようなんていえない。
 顔に出ていたのだろう。美容師が話しかけてきた。
「はい、できた。今日も完璧。玲奈は立っているだけで絵になるから、だいじょうぶだよ」
「そのうちあんなふうに自然にできるようになるんですかねえ」
「すぐにできるよ」
 緊張した玲奈を励まそうとしたのだろうが。
 玲奈は自分手を見つめる。指輪の跡はいつのまにかきれいに消えていた。最初からそうだったように。やがて悠人の撮影が終わる。
「次EVEの撮影に入ります」
 涼太郎がいった。
 はっ、そうか、EVEだった。忘れてた。だがスタンバイはしたもののどうすればいいのだろう。
「軽く動いてみて」
 カメラマンにいわれてなんとなく悠人にレクチャーされたことを、思い出しながら、ゆらゆらとしてみる。
「横むいて」
 横を向く。
「顔は横のまま、目だけこっち」
 目だけこっちに向いてみる。
 合ってるんだろうか。どんどん不安が募っていく。
「よし! ツーショット先に撮ろう!」
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