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文字数 1,477文字


 なにをどう間違ってしまったのか。ただ玲奈の気を引きたかっただけなのに。うつむくとすっかり萎えてしまったそれが目に入った。情けなくひっかかっているコンドームをむしるように引き抜くと力任せに床にたたきつけた。思いきり投げたのにそれは、ペチッと間抜けな音を立てただけだった。今の自分みたいだと思った。
 そして気づく。すべては玲奈が仕組んだのだ。今日泊りだといったのも、アヤカをけしかけたのも。離婚届だけじゃなく、誓約書まで周到に用意して乗りこんできたのだ。二度と陽介と会わなくていいように。一人で来るつもりだったといったな。気づいた悠人と涼太郎がついてきたのだろう。
 そういうところだよ、と陽介は思う。なんでも一人でやってしまう。できてしまう。派遣社員の登録だってそうだった。あとから登録したからと聞かされた。
 玲奈のことは養ってやるつもりで、東京につれてきた。不自由させないくらいの稼ぎはある。そのうち子どもができたら、親子三人でしあわせに暮らそうと思っていた。それなのに陽介の意見なんか玲奈にはいらなかった。俺なんか必要ないんじゃないのか。そのうち俺を捨てて一人でどこかへ行ってしまうんじゃないのか。そんな不安が常にあった。
 ならば、俺も玲奈に不安をやろう。
 そもそもそんな考えが間違っているのだ。今になってわかる。でもあの当時はそんなこともわからないほど焦っていた。そんなときにアヤカに出会った。同僚と出かけたちょっとしゃれた居酒屋で、隣のテーブルにすわっていた。ちょうど三対三。声をかけたのは陽介の同僚だった。アヤカのグループはすんなりと誘いに乗った。もしかしたらナンパ目的でそこにいたのかもしれない。
 アヤカははじめから陽介に積極的だった。となりを確保するとぴったりと寄りそった。陽介はもとより玲奈を裏切るつもりなんかなったのだが。
 女の影がちらついたら玲奈は不安になるのでは。出来心というしかなかった。
 アヤカはかわいかった。玲奈が絶対にしないような甘えた声でしなだれかかってくる。ベタベタしたそれが心地よかった。
 居酒屋を出ると、できた三組のカップルはそれぞれに街に散っていった。陽介はアヤカをつれてホテルに入った。大柄な玲奈とちがって、小柄ですっぽりと腕の中に納まるアヤカは陽介の自尊心を大いに満たした。満足だった。
 連絡先を交換して、会うようになった。三回目にはアヤカの部屋に入れてもらった。それからはずっと情事の場所はアヤカの部屋だった。
 逢瀬の頻度は上がっていく。それにつれて玲奈の表情は曇っていく。自分のことで玲奈が傷ついているのは気分がよかった。終電で帰る日は週三回になった。それでも玲奈はなにもいわない。そのうちに陽介を見る目が冷たくなった。
 なんだよ、傷ついているんだろう。おねがいだから帰ってきてよ、といってみろよ。
 ある晩、たまには玲奈も抱いてやるかと思い、となりで横になっている玲奈の肩に手をかけた。いつもならすんなり腕の中に入ってくるのにその日はかたくなにこちらをむこうとしない。すねているのかと思ってグイッと力を入れた。
 パシッ。玲奈は陽介の手をはねのけた。
「玲奈」
 おどろいて声をかけたが、背中を向けたまま返事はない。拒絶されたのだとわかって怒りがこみ上げた。もう、抱いてやらない。おまえは一人で悶々としていろ。そう思った。
 その日から玲奈の態度はあからさまに冷たくなった。ろくに返事もしない。
 ちがう。そうじゃない。玲奈に泣いてすがってほしかったのだ。おたがい譲りあわないから、すれ違いの溝はどんどん拡がっていく。
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