14
文字数 1,757文字
玲奈は順調に回復し、予定通り二週間で退院できることになった。退院の当日、手続きや支払いのためにやって来た摩季は玲奈にいう。
「ほんとにだんなのとこに帰るの?涼太郎がホテルとるっていってるけど」
「うん、帰る。話し合いしなきゃ」
「そう、悠人がすごく心配してるのよね」
たぶん、手首のあざのことだろう。
「前にね、腹にグーパンチ入れてやったから、へたに手出しはしないはず」
「どういう状況?」
眉をひそめる摩季に玲奈は簡単に説明した。
「それは心配するわ。ほんとにだいじょうぶ?」
「うん。きっちりかたをつけてくる」
玲奈の決心が固いのを見て、摩季ははあ、とため息をついた。そしてごそごそと自分のバッグをさぐると、黒いものを取り出した。
「はい、これ」
「こ、これはっ」
「スタンガンです。いよいよ危なくなったら使って」
「なぜ、こんなものをお持ちで?」
「涼太郎からあずかったのよ。
もとから持っていたのか、玲奈のために買ったのか。持っていたのだとしたらなんのためだろう。ここはツッコまないほうがいいのだろうなと玲奈は思った。
「テーブルに出しておくだけでも抑止力になるかもよ」
おそるおそる受け取った玲奈はためつすがめつ眺めてから、何気なくスイッチを押してみた。
バチバチッと音が鳴って、激しい電流が走った。真冬のドアノブに走る電流など話にならない。あまりの衝撃に二人とも棒立ちになる。
「な、なるべく使わない方向で……」
ささやくように摩季がいった。玲奈はだまってうなづいた。
撮影スタジオは朝からなんだかそわそわしていた。玲奈が復帰する日。
あの日、図らずも悠人は自分の気持を暴露してしまった。ふだん淡々としている悠人があのように取り乱し、玲奈の名前を連呼し、あげくの果てに摩季に一喝されるなどという一幕を見せられては、どんなに鈍感な人間だって気づいてしまう。
しかも救急車が到着するまで、それはそれは大事に玲奈を抱きかかえていたのだ。スタッフの中にははじめて気づいた者もいれば、ああ、やっぱりと納得した者もいた。
どっちにしろ玲奈の事情を知らないスタッフたちは、その後どうなったのか気になってしようがない。よもや仕事をほうり出すようなことはないだろうが、空き時間を作ってはせっせと病院に通いつめて付き添っているのだろうか、などと思う。
思ってはいても、玲奈の復帰まで撮影は延期になり、.futureの事情を知る由もないスタッフたちは、わざわざ電話をかけて聞くなどできるわけもなく、結局誰もなにもできないまま悶々としていたのだった。
きょう、二人の態度に変化はあるのか。それが最大の関心事なのだ。
はじめにやってきたのは玲奈だった。摩季に付き添われてスタジオに入ってくると
「ご迷惑、ご心配かけて申し訳ありませんでした。きょうはよろしくおねがいします」
と、ていねいに頭を下げた。いつもどおりである。やつれた様子もなくベストなコンディションであるのはさすがだ。
そういえば、当の本人ではあるけれど、あの日のことは意識がなくて覚えていないのだな、とスタッフたちは思う。あの情熱が伝わっていないとしたら、それはそれでもどかしい。
玲奈がメイクにはいったところで、悠人がやって来た。きょうは涼太郎もついている。
「ご迷惑、ご心配おかけしてすみませんでした。きょうはよろしくおねがいします」
さきほどの玲奈と同じような文言を涼太郎がいった。となりで悠人がいっしょに頭を下げる。いつもより高級なお菓子の差し入れ付きだ。
いよいよだ。スタッフの期待が最高潮に高まる。ワクワク。ドキドキ。
メイクを終えた玲奈が悠人のもとへ行く。
「迷惑かけてごめんなさい」
そういって頭を下げた。
「いや。もうすっかりいいのか」
「うん。しばらく薬は飲まなきゃないけど、だいじょうぶ。ごはんもふつうに食べれるよ」
「そうか。よかった。じゃあ、きょうはよろしく」
「うん、おねがいします」
……それだけ? いつもの、いやいつも以上に淡々とした会話。この二週間、なんの進展もなかったのか。それどころか、しばらくぶりに会ったような会話じゃないか。
「おーい!」
スタッフ一同心の中でツッコむ。あれほどのあふれる情熱を見せつけられたあげくのこの顛末はとても納得できない。