文字数 1,605文字



 全部さらしてバカだと思う。陽介はここまでさらされているのを知っているのだろうか。まあ、陽介自身もツイッターでバカをさらしているからおたがいさまか。
 彼女もそうとう()れていたのだろう。陽介から泊りの誘いがあると、さっそく投稿があった。
 ゲキカラタンタンメンのコメント。あら、彼の家に泊まりに行くの? うらやましいな。ハートとキラキラの絵文字。
 彼女のコメント。行きたいけど外で待ち合わせになっちゃった。陽介は渋っているようだ。でもここで引くわけにはいかない。なんとしても行ってもらわねば。
 ピリカラキーマカレーのコメント。突撃しちゃえ! ハートとキラキラの絵文字。
 彼女のコメント。その手があったか! そうする!
 整いました。
 さっそく支度をはじめる。離婚届をプリントアウトする。A3のコピー用紙はあらかじめ百均で買っておいた。今どきはこれで済むんだ。こんなお手軽でいいのかと思いながら自分の署名捺印をする。
 いよいよ親に説明しないとな。事後報告になるが、現場の証拠写真があれば反対もしないだろう。ましてや陽介の両親には口出しする権利すらないはずだ。息子の浮気現場の写真を見せられる義母には少々同情はするけれど。
 さて、証人をどうするか。一人は佳奈に頼むか、いい気持ちはしないだろうけど。もう一人はどうしよう。摩季はどうだろう。二人とも早く別れろというくらいだから、書いてくれるとは思うが。
 それからワードを開いて打ちこむ。

   誓約書
 私藤沢玲奈は財産分与を放棄します。またこの離婚に今後一切の異議を申し立てません。

 署名捺印して、コピーを一枚とった。
 もう一枚、陽介名義のものを打ちこんで、プリントアウトする。これは離婚届といっしょに署名させる。財産分与といっても賃貸マンションだし、夫婦の資産もたいしてあるわけじゃない。それよりも玲奈の預貯金がかなり上回っている。化粧品のCMと数々の雑誌の特集で玲奈はかなりの金額を受け取ったのだ。放棄してもらわないと半分陽介に渡さなければならない。それは、絶対にいやだ。
 離婚届と誓約書をクリアファイルに収める。これを持ってあした突撃する。慌てふためく陽介に離婚届を突きつけて半ば脅して署名させる。これが懐柔計画最終章、もう書くしかないよね、だ。一日に二度も突撃される陽介はたまったものじゃないな、と笑ってしまった。
 そうだ、と思いついて陽介の印鑑をキッチンカウンターの上に出しておく。裸の陽介が印鑑を探してうろつくのは見るに堪えない。
 それからウォークインクローゼットからキャリーケースを出してきて、身の回りのものをつめる。.futureの服、下着、化粧品、ノートパソコン、試験の問題集、お気に入りの本。最低限でいい。全部新しく買うから。ここで使っていたものはもういらない。

 決行当日。夕方摩季の所在を確認して事務所にむかった。摩季は玲奈の顔を見るなり
「ちょっと、これからどうするの? 彼女くるんでしょ」
 と聞いてきた。都合の悪いことに今日は涼太郎がいる。アトリエのドアは開いていて、ちらりと悠人と目があった。玲奈は摩季の腕を引いてキッチンに押し込んだ。
「それよりもちょっとお願いがあるの」
 自然と小声になる。
「なに?」
「プレスルームにあるルブタン、今日借りれる?」
「え? ルブタン? 使う予定はないからいいけど、何するの? あまりいい予感がしないけど」
「まあ、武装ね。あとここの署名、お願いできるかな」
 と離婚届を差し出す。
「あ、ついに? だんな納得したの?」
「してない、ぜんぜん」
「え? じゃあ、どうやって」
「まあ、ちょっといろいろ」
 玲奈はことばを濁す。
「ねえ、ほんとになにする気? わたし彼女けしかけちゃったけど、間違ったんじゃない?」
 そういうと摩季はなにかに思い当たったように声を荒げた。
「まさか乗りこむつもりじゃないでしょうね?」
「どこに乗りこむんだ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み